【湖北史記 其の4】伊吹弥三郎から酒呑童子へ

 5月6日付けの本紙で、長く登山路が不明だった伊吹山の「天岩屋(あまのいわや)」が、岐阜県側で再確認されたという記事を読んだ。5月3日のことらしいが、その日、私もたまたま「長浜みーな」の取材で、滋賀県側から山頂に登っていた。

 伊吹山には弥三郎という怪物がいたという話がある。室町時代に成立した御伽草子(おとぎぞうし)の一つ『伊吹童子』にも出てくる物語だが、もともとは応永14年(1407)に成立した『三国伝記』という本に書かれている。

 伊吹山に住む怪物は、昼は山中の洞窟に住み、夜は関東・九州まで出向き盗賊を働いたという。近江国の守護であった佐々木頼綱は、天皇の命を受け、変幻自在に逃げ回るこの怪物を高時川の河原で討ち果たした。しかし、弥三郎の怨霊は毒蛇と変じて、高時川の井口を抑えて、流域住民を飢饉に陥れた。そこで、井明神として祀った所、逆に井の守護神と変じ、潤沢な水を施したという。

 さらに、この弥三郎伝説には基がある。それは、鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻鏡』や藤原定家の日記『明月記(めいげっき)』に出てくる伊吹弥三郎だ。この弥三郎は、柏原荘を本拠としていたが、時の政府から謀反人として扱われ、鎌倉時代の建仁元年(1201)に、佐々木信綱によって討伐されたと記されている。この弥三郎は、実在の人物だが、誅罰されるまで約半年かかった。その間、山中に逃亡、周辺の村人にとっては恐怖の人物に変じていった。それが、怪物の弥三郎伝説を生んだと考えられている。

 実は、この弥三郎伝説はさらに変化を遂げる。戦国時代には、別に伝えられた丹波・丹後に住む大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)伝説と一体になって、鬼の頭目である酒呑童子が伊吹山に住んでいたという話が現れた。酒呑童子伝説を記す絵巻物の中でも良本とされるサントリー美術館本の重要文化財『酒伝童子絵巻』のストーリである。この話では、酒呑童子を退治に来た源頼光の兜に、切られた酒呑童子の首が食らいつくという場面が印象的だ。

 宮崎駿(はやお)監督の映画「もののけ姫」。シシ神の首を取りに行く話だが、この伊吹山の酒呑童子がベースになっていると聞く。鎌倉時代に討伐された弥三郎は、長い歴史のなか人々によって肥大化し怪物に変じる。さらに、現在のアニメにも神として登場する。人間の想像力には舌を巻かざるを得ない。鎌倉時代に追われた弥三郎は、伊吹山のどこに逃れたのだろうか。「天岩屋」だったとしたら、私も行ってみたい。

 

栄華を極める酒呑童子(左端)国立国会図書館「伊吹とうし」より

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2022年5月16日掲載)

掲載日: 2026年03月24日