㉖地域医療[7] 長浜日赤・中島正敬産婦人科部長に聞く2
産む場所、あるかの瀬戸際
近隣施設の分娩休止が相次ぐ、長浜赤十字病院。医師たちは大丈夫なのか。
全国的な出生数の減少傾向にコロナ禍が拍車をかけているが、長浜日赤での分娩は逆に増え続けている。
増加は2016年(459件)から続き、昨年590件。21年もすでに492件(9月末現在)。年内の予約は141件あり、これに里帰り出産や近隣産科からの紹介が加わるので、実際はさらに増えるという。
長浜日赤の常勤医は7人。経験を積んだ指導医3人と、臨床実習中の専攻医4人だ。当直は専攻医が月6、7回。指導医は病院が借り上げた近くの部屋で待機する「宅直」を月8〜12回こなす。手術には必ず指導医が付き添う。
今年8月、状況の逼迫を受け、京大医局が指導医を1人増員してくれた。産婦人科の中島正敬部長は「どこも医師不足。医局には心から感謝している」と話す。
だが、仕事量が増えたので「楽になったという実感はない」という。24年には医師の働き方改革が本格化するが、「今でも1人欠けただけで立ち行かなくなる。到底、対応できない」と嘆く。
こんな状態で、出産ケアの質は保たれるのか。心配する私に、中島医師は言った。
「それ以前に産む場所があるか無いかの瀬戸際だ」
つまり、妊産婦が地域で受診できない事態に、すでに陥っているということ?
「大変心苦しいが、予約が取りにくい状況は既にある。周産期母子医療センターとして、日赤はハイリスク妊産婦を受け入れる使命がある。低リスクの方は、他の医療機関を案内することもある」という。
そういえば長浜市内の友人が今夏、妊娠の確定診断のため長浜日赤に電話したら、「予約に3、4週間かかる」と言われたという。
子宮外妊娠など異常妊娠の場合、早急な対応が必要だ。友人は、市内の診療所で確定診断を受け、「すぐに相談できない病院は心配だから」と、健診も同じ診療所に通うことにした。
ただ、そこは2年前に分娩をやめている。時期が迫れば転院となる。「本当はずっと同じ医師に診てもらい」と漏らしていた。
危機感を強める中島医師に対し、長浜市長は「周産期医療を全力で支える」と約束してくれたという。その言葉通り、過労で倒れる医師が出ぬよう、路頭に迷う妊産婦が出ぬよう、市はしっかり支えてほしい。
でも、ギリギリの綱渡りでは困る。ケアする側にもされる側にも理想的な周産期の環境について、みんなで話し合う機会が必要だ。
(11月17日掲載)
㉖地域医療[8]神野レディスクリニック・神野医師に聞く1
湖東湖北圏域の約3分の1の分娩を扱う医療法人青葉会の「神野レディスクリニック」と「同アリス」(いずれも彦根市)。
市立長浜病院が分娩中止を発表した直後には、長浜病院で分娩予定だった妊婦を多く受け入れた。
受け入れ限界が迫る長浜赤十字病院(長浜日赤)からも、低リスクと判断された妊婦を受け入れている。
地域医療の要と言える同法人の前理事長・神野佳樹医師に話を聞いた。
まず最も不安なこと。
今後、妊婦が分娩施設を見つけられない、という事態はおきませんか—
「コロナ禍もあり、出生が減っています。この状況から言えば、お産難民が本当に出るということはないでしょう」
同法人の取り扱い可能数は、計1200。圏域最多を掲げるが、実際の分娩数は年間900〜1000で、まだ余裕はあるという。それを聞いて少し安心した。
実は彦根市では、既に本当の危機に直面したことがあったという。
2003年に彦根中央病院、05年に友仁山崎病院、07年には彦根市民病院が分娩の取り扱いを相次いで中止し、市内に神野レディスクリニックだけになった。
神野医師は「市内の妊婦を路頭に迷わせないという気持ちでアリスを建てた」。当時の決断が、今は長浜や米原の妊婦まで支えている。感謝しきれない。
24年に迫る医師の働き方改革の影響も尋ねた。
「国主導の医療崩壊です」。神野医師は語気を強めた。
このまま実施されれば、病院で働く医師は労働時間が制限され、開業医が募集する非常勤アルバイトに従事できなくなるという。
現在、県内の有床診療所の院長の半数以上が60代以上。外来、夜間・休日当直を非常勤医師に頼っている。もし病院からの手伝いがなくなれば、多くの診療所が行き詰まるという。
神野レディスクリニック・アリスも、常勤医3人の平均年齢は63歳。大学などから来る非常勤4人が外来に入る。
夜間休日の当直は2診療所とも院長が週3、4回、その他は4、5人の非常勤に頼っている。
「非常勤が来ないと、施設が地域の要だとしても、閉院に追い込まれる。うちも例外ではありません」
県内で5番目に人口の多い彦根市で、出産施設が一つも無くなったら?
年間900人の妊婦を受け入れる診療所を、私は守りたい。
(12月7日掲載)
堀江昌史