㉔地域医療[5] 楠井隆・長浜赤十字病院長に聞く2
病院の産婦人科で分娩休止が相次ぐのは、女性医師の増加も一因と知った。働き盛りで出産・育児にさしかかるため、同僚に過度の負担がかかるという。
2008年まで、女性は全国の産婦人科医の約3割だったが、20年に5割弱まで増えた。その半数近くは妊娠、育児中という。
24時間365日対応の長浜赤十字病院にも、多くの女性医師がいる。
楠井隆院長は言った。
「医師の働き方改革の背景に女性医師の増加がある。時間外勤務削減や有給休暇取得率向上など数値目標にすり替えられることが多いが、根源はワーク・ライフ・バランスの話だ」
現在、長浜日赤の女性医師は全体の3割弱。医師同士で家庭を持つケースも増えている。
院長は、院内の働き方改革の一環として、「男性医師も家事を分担して」と職員に話している。
たとえば、医師の早退。今は「学会活動」など公的な用事以外では認められない雰囲気があるが、今後は「家事があるから」も容認される文化を定着させたい、という。
ただ、それは病院だけではだめで、社会全体に広がる必要がある。
例えば医師が、ある患者の夫に「奥さんの診療方針の説明をしたい」と伝えたとする。ところが夫は「仕事があるので、午後5時以降でないと行けない」と言う。そのニーズに応じるためには、医師が残業しなければならなくなる。
病院としては、夫の職場が「病院で説明を聞きたい」という家庭のニーズを受け入れ、夫を早く帰らせてほしい。
「仕事が『公』で、家庭は『私』。今の社会では公が常に優先される。しかし、それでは社会全体の効率化は図れない」
「共働きが当たり前の世の中で、男性も家事をする文化を作り、家庭のニーズは後回し、という既成概念を打破する必要がある。多様なニーズが平等に評価されることが働き方改革の本質だ」
私は大きな感銘を受けた。父親が「熱が出た子を迎えに行きたい」と帰ることが容認される職場なら、母親だけが家の都合を優先させなくて済む。
夜も子の世話を安心して任せることが出来る家庭なら、女性も適正な当直勤務をこなせるだろう。
「育児中の女性は職場に負担がかかる」と捉えるのではなく、家庭の家事分担を進め「誰にも優先させたい『私』のニーズがある」ことを容認する職場環境を、社会全体が整えることが必要だと思った。
(10月15日掲載)
㉕地域医療[6] 長浜日赤・中島正敬産婦人科部長に聞く1
急な転院、受け入れに限界
今年1月、市立長浜病院が4月以降の分娩中止を発表した。妊婦への説明も同じタイミングだった。
「どこで産んだらいいですか」
近くの長浜赤十字病院(長浜日赤)に、泣きながら電話をかけてくる妊婦がいたという。
産婦人科の中島正敬部長は、「休止後に予定日を迎える妊婦については、もっと早く他施設へ紹介してほしかった。一番困るのは妊産婦だ」と話した。
実は中島部長は2年前の2019年春、滋賀医大の村上節教授から「21年4月には市立長浜に派遣している医師を引き上げる」との方針を伝えられていた。
長浜日赤はすぐ準備を始めた。市立長浜からあふれる妊婦を受け入れるため、産科病床の増設▽緊急帝王切開に対応できる分娩室の新設▽診療体制3診制から4診制に増やす、などを進めたという。
ところが、市立長浜からはなかなか連絡が来なかった。正式に伝えられたのは、1年半もたった20年11月だった。
「他病院に『いつ止めるのか』とは聞きづらく、本当に止めるのか分からないでいた。うちにも受け入れには限界がある。急に言われても対応できない」
中島部長はそう話した。
妊婦は、おおむね妊娠1カ月以内に最初に産科を受診する。予定日が4月以降なら、前年の6、7月には産科を訪れる。中島部長は「20年6、7月ごろに発表してほしかった」と言う。
4月以降、市立長浜で出産予定だった妊婦は約50人。長浜日赤だけでは受け入れきれず、彦根市の施設などと調整して受け入れた。
どうして、こうなってしまったのか。
滋賀医大は19年、市立長浜に医師引き上げの方針を伝えた。働き方改革や病院の再編統合が主な理由で、長浜日赤に周産期医療を任せるということだった。
が、市立長浜は産科を諦めなかった。19年には産科病棟の改修に着手。「市民病院として、分娩施設を手放すわけにはいかない」との意地があったという。
ぎりぎりまで滋賀医大に再検討を求める一方で、京大などに打診するなど手を尽くしたがかなわず、1月の発表にいたった。
一市民として、市立長浜の努力はありがたいと思う。でも、転院を強いられた妊婦の不安を思うと胸が苦しい。
24年に向け、病院の集約化が進むという。路頭に迷う妊婦が出ないよう、県や病院は責任を持って調整して欲しい。
(11月10日掲載)
堀江昌史