2024年5月31日

奥びわ湖観光ボランティアガイド協会 10年間の歩み振り返る

記念誌発行、会員ら46人寄稿

 奥びわ湖観光ボランティアガイド協会の創立10周年記念式典が28日、木之本まちづくりセンターで開かれ、会員や元会員、来賓ら約50人が節目を祝った。

 同協会は2013年に奥びわ湖観光連盟、湖北町観光、余呉はごろも、小谷城語り部、賤ケ岳語り部の5つのガイド協会が合併して誕生。賤ケ岳山頂や小谷城跡での観光客のもてなし、巡回バスやイベント会場でのガイドなどを通じ、湖北地域の歴史、文化、自然を広く紹介している。

 昨年度は1029件のガイド依頼があり、計2万4008人をもてなした。会員は60〜80代の47人。

 記念式典では記念事業実行委員長の富永洋司さん(82)=木之本町千田=が「奥びわ湖エリアは小谷城跡や賤ケ岳、観音の里、街道など歴史的、文化的な史跡が数多くある。協会の役割は重大であり、10年の節目を機にさらに力量を高め、湖北を訪ねるお客様に最高のおもてなしができるよう目指す」などと式辞を述べた。来賓のあいさつの後、長浜城歴史博物館の福井智英館長の講演などがあった。

 協会は式典にあわせ10周年記念誌「つなぐ」を発行。第1部では会員と元会員の46人が観光ガイドの体験を寄稿し、写真を添えた。協会合併前にNHK大河ドラマ「江 姫たちの戦国」の放映にあわせて開かれた江・浅井三姉妹博覧会の思い出、ガイド活動を通じて知った湖北地域の魅力、ガイドした観光客からもらった手紙など思い思いに協会での活動を振り返っている。

 第2部では「奥びわ湖10話」と題し、「賤ケ岳の合戦」「『七本槍』と『三姉妹』のその後」「鉄道遺産・海を越えた鉄道」などをテーマに、ガイド活動を行う上での基礎知識をまとめている。

 山内昌達会長(70)=木之本町川合=は「『つなぐ』は協会のメンバーが後世へと連綿とつながり、ガイドと客、地域とのつながりを広げていきたいとの思いを込めた」と話している。100部を発行。同協会の事務局がある戦国ガイドステーション(湖北町伊部)で閲覧できる。

 なお、同協会は随時、ガイドを募集している。問い合わせは同協会℡090(3279)6563へ。

2024年5月30日

あらゆる世代の発達相談 役割高まる心理判定員

人材不足の長浜市、正規職員3人募集

 「子どもが言葉を覚えるのが遅い」「なぜ、この子はこんな行動をするのか?」「学校に行きづらい」「仕事を始めたけど難しい」—など、発達に関するあらゆる相談に乗り、その支援を行っている長浜市の発達支援室。その業務の中核を担う「心理判定員」の役割が高まっていることを受け、市は新たに正規雇用3人(うち1人は社会人経験枠)を募集している。

 心理判定員は相談者の心理状態や発達状況を面談や検査で評価し、支援する専門職。市では2020年度に発達支援室を設置し、乳幼児から高齢者まで全年齢を対象にした相談・支援を受け付けている。現在は正規職員8人、会計年度任用職員(非常勤職員)3人の計11人の心理判定員がその業務に当たっている。

 一般的に発達相談は子どもを対象にしているとのイメージが強いが、近年は10〜30代の若年層から「生きづらさ」についての相談が増加しているという。その背景には発達障害だけでなく、家庭、地域、社会のストレスによる心身の不調など、さまざまな要因が関与している。

 発達支援室が受け付けた相談件数は設置初年の20年度は1336件だったが、年々増加し、23年度は2492件にのぼっている。

 相談の増加を受け心理判定員の役割がますます高まっているが、人材確保に苦戦しているのが実情だ。22、23年度は2年連続で新規採用が叶わず、現場では発達障害ケアマネージャーの資格を持つ市職員の応援を受けて、相談・支援業務に当たっている状態。このため、会計年度任用職員として心理判定員3人を常時募集しているが、今のところ応募がない。

 都市部では募集定員を大幅に上回る応募がある自治体もある。市はPR不足が一因とみて、発達支援室で働く心理判定員の声を紹介する動画を制作し、公式サイトで公開を始めた(https://www.youtube.com/watch?v=leypKD0YASA)。幅広い年齢の市民の相談に乗り、支援を行いながら一緒に成長してゆくことに「やりがいを感じる」との意見など、その業務の魅力と職員の生の声を6分40秒の動画で紹介している。

 発達支援室は「心理職同士が意見を出し合ったり、行政職員や保健師、社会福祉士、さらには地域の皆さんと協力して市の課題に取り組んだりすることができる。あなたの経験や知識を生かし多様な挑戦をしてみませんか」と応募を呼びかけている。

 なお、来年4月採用の心理判定員の募集要項は市のホームページに掲載している。応募は6月21日まで。

2024年5月29日

子ども歌舞伎名演に「おひねり」飛ぶ

成田市で春日山「釣女」上演、10万人来場

 長浜曳山まつりの春日山が25、26日に千葉県成田市で開かれた「成田伝統芸能まつり春の陣」(同実行委員会主催)に招待され、子ども歌舞伎を披露。その名演に「おひねり」が投げ込まれるなど、出張公演は成功裡に終わった。

 成田伝統芸能まつり春の陣は初代市川團十郎が信仰した成田山で、地芝居や地歌舞伎を通じて地域を盛り上げるイベント。今年は千葉県誕生150周年、成田市制70周年を記念して大々的に開かれ、2日間で約10万人の来場があった。

 春日山は4月の曳山まつりで奉納した「釣女」を再演。分かりやすい演目ということもあり、立ち見も出た会場から大きな笑いと拍手が起き、曳山まつりでは例がないおひねりが投げ込まれた。

 実行委員会事務局の成田市観光プロモーション課は「市制70周年を記念し、念願の長浜の子ども歌舞伎を招けた。成田でも祇園祭があり山車(だし)が出るが、舞台で歌舞伎を披露する長浜曳山まつりを知らない人は多く、皆さん笑い声をあげて楽しんでいた。長浜のPRにもなったと思います」と話している。

 春日山は役者や若衆ら総勢40人が成田入り。曳山まつりの流れを体感してもらおうと子ども歌舞伎だけでなく、しゃぎり(囃子)演奏も行った。曳山を動かす時に演奏する「御遣(おひや)り」、開演を告げる「出笛」、公演終了後の「神楽」、曳山が自町に戻る際の「戻り山」などを奏で、子ども歌舞伎と曳山が一体であることを伝えていた。

 春日山の伊藤寿彦負担人は「子ども役者は長浜曳山まつり子ども歌舞伎のPRの一翼を担えたこと、成田市や関東の方々に曳山まつりを体感していただけたことに達成感を感じている。公演を引き受けて良かった」と振り返っていた。

2024年5月27日

チームワークが強み、フォスタFC関西大会へ

湖北拠点の中学生クラブチーム

 湖北地域を拠点に活動する中学生クラブチーム「フォスタフットボールクラブ」が日本クラブユースサッカー選手権U15県大会(4月6日〜5月12日)で5位に入賞し、2年ぶり8回目の関西大会出場を決めた。

 県大会でフォスタFCは予選リーグを2勝1敗で突破し、決勝トーナメントは初戦でサンガ瀬田に3対4で惜敗したものの、敗者復活トーナメントを2戦2勝で終え、5位入賞に滑り込んだ。

 関西大会は6月1日から23日まで近畿2府4県で行われ、6府県の代表など64チームがトーナメントで頂点を争う。上位7チームが全国大会への切符を手にする。フォスタFCの初戦は6月1日、兵庫県洲本市のアスパ五色であり、大阪府代表のLEVANTEudと対戦する。

 力石隆治代表は「今年も中心的選手がおらず、不安定な試合ばかりだった」と県大会を振り返りながらも、予選リーグでは大会優勝チームのSAGAWAに勝利したことが選手の自信につながり、「自分たちの力で関西大会出場を決めてくれた」と称える。

 「特徴は全員で守備をし、全員で攻撃をすること。僕たちの学年には飛び抜けている選手はいないが、それでもチームワークを生かして全員で守備や攻撃をしている」と話すのはキャプテンの松井祐真選手(虎姫学園)。関西大会に向け「チームワークを生かした自分たちらしいサッカーをして、まずは目の前の一戦を勝ち取りたい。関西大会という貴重な経験ができる分、悔いの残らない試合にする」と抱負を語っている。

2024年5月20日

春日山、成田市で歌舞伎披露

「釣女」再演へ子ども役者、稽古でおさらい

 長浜曳山まつりの春日山が25、26日に千葉県成田市で開かれる「成田伝統芸能まつり春の陣」に招待され、子ども歌舞伎を披露する。18、19日には山組の詰所に子ども役者が約1カ月ぶりに集い、稽古を通じて感覚を取り戻していた。

 成田伝統芸能まつりは、初代市川團十郎が信仰した成田山で歌舞伎や舞踊を繰り広げるイベント。今年は千葉県誕生150周年、成田市制70周年を記念して大々的に開かれる。長浜曳山まつり子ども歌舞伎のほか、石川県小松市の子ども歌舞伎、埼玉県秩父市の秩父歌舞伎、成田市の伊能歌舞伎などの上演のほか、歌舞伎俳優・中村隼人さんのトークショー、お練り行列などがある。

 成田市から長浜曳山祭總當番を通じて春日山に公演依頼があり、4月の曳山まつりで奉納した「釣女」を再演することに。

 公演は成田山総門前広場の特設舞台であり、舞台幅は約9㍍と曳山の約2㍍に比べ広い。このため、19日に行われた稽古では振付師の立花志十郎さんが子ども役者の立ち位置などを繰り返し指導していた。

 「釣女」は恵比須さんから授かった釣竿で大名が美女を、従者の太郎冠者が醜女を釣り上げるユーモラスな演目。大名役の村井翔永さん(13)は「曳山より舞台が大きく、場所の取り方が難しい。都会なので人がいっぱい来ると思うので、いろんな人を楽しませたい」、醜女役の村井大翔さん(10)は「芸はだいたい覚えていた。頭から抜けているところもあったけど、練習で取り戻した。面白い芸にしたい」と話していた。

 春日山の出番は26日午前11時から。子ども役者らは前日に成田市入りし、舞台に備える。

2024年5月16日

愛犬と一緒に!『ワン』 ダフル食パン

犬にも人にも美味しく、長浜バイオ大生が提案

 高級食パン専門店「さすがにオテアゲ」(守山市)の依頼を受け、長浜バイオ大アニマルバイオサイエンス学科の学生が犬も人も食べられるパンの開発に挑戦している。15日には商品アイデアを紹介するプレゼンテーションが大学であり、審査の結果、柴犬をモチーフにした食パンが商品化第1弾として動き出すことになった。

 「さすがにオテアゲ」はベーカリープロデューサーの岸本拓也さんが手掛けた店舗で、両前脚を挙げた柴犬「オアゲ」の看板がトレードマークとなっている。その看板から「犬用のパン屋さん?」と間違われることも多く、「それなら犬も一緒に食べられる食パンやおやつを」と新商品を開発することに。ただ、犬用の食品を開発するノウハウがないことから、アニマルバイオサイエンス学科がある長浜バイオ大に協力を打診した。

 同大では河内浩行教授(食品分子機能学)が2、3年生に商品化プロジェクトへの参加を呼びかけ、有志20人が応じた。

 商品開発にあたっては河内教授と親交のある彦根市の獣医師・柴山隆史さん(柴山動物病院長)を講師に迎えて人と動物の食性や必須栄養素、代謝の違いを学び、犬に与えてはいけない食材や開発に当たっての注意点を教わった。

 商品開発は5つのグループに分かれて行い、この日のプレゼンでは順番にコンセプトやレシピなどを紹介し、「さすがにオテアゲ」の製造担当者やマネージャー、大学関係者ら6人が審査した。

 犬と人のアレルギー食材を比較して小麦粉を米粉に、牛乳をヤギミルクや豆乳に置き換えたり、野菜に含まれる栄養成分を分析した上で栄養バランスや彩りを考慮して野菜を生地に練り込んだりと各グループがバイオ大学生らしいアイデアを披露していた。

 最も審査員の目を引いたのは、柴犬の顔を再現した食パンを提案した川畑朱璃さん(20)、森本ゆり子さん(20)、吉田優理さん(20)、米澤実佑さん(20)の3年生4人グループ。バターを食用ヤシ油、生クリームを脱脂粉乳に置き換え、全粒粉、野菜(ニンジン、カボチャ)、竹炭パウダーで柴犬の顔、耳、目の色を表現し、SNS映えを意識。試作でも看板犬をモチーフにした可愛らしい「おあげパン」を完成させた。

 4人は「ニンジン、カボチャ、全粒粉など色を付ける食材の栄養面を分析し、バイオ大で学んだ知識を活用した。完成すればペットと一緒に食べてみたい」と話した。

 「さすがにオテアゲ」の製造担当の太附正和さん(58)は、「いろんなアイデアが出て、それぞれの食材をよく調べていて感心した。このアイデアを活用し、試行錯誤して商品化につなげたい」と話した。

 早ければ5月中にも試作品を作って学生に届け、学生は成分分析などで犬のおやつに適しているのか調べる。7月に店頭に並ぶ予定。

 なお、この日のプレゼンではドーナツ、マフィンなどのアイデアも提案され、こちらも商品化に向けて開発に乗り出すという。

2024年5月14日

昭和時代のマッチ箱 勢ぞろい

近江学びあいステーション「思い出に火をつけて」

 米原市顔戸の近江学びあいステーションは、山田裕美館長(68)が県内各地の飲食店や遊興施設で集めた昭和時代のマッチ箱を展示。ほとんどの店が閉店しており、見学した来館者からは「よく行った。懐かしい」との声があがっていた。31日まで。

 山田館長は高校卒業後に旧近江町役場に入った昭和49年からマッチ箱の収集を開始。当時は収集がはやっていたといい「たばこは吸わないけれど、店を訪れてはマッチ箱をもらっていた」と振り返った。ライターが普及する前の昭和60年代まで集め続け、県外を含め300点以上を収集した。

 館の利用者から「仏壇用のマッチを探している」との相談を受けた山田館長は、マッチのみを提供した上で、来館者に昭和時代を懐かしんでもらおうとマッチ箱の展示を企画。長浜や米原、彦根、多賀など県内9市4町の計168点を並べた。

 長浜市内では「珈琲の店イシ」「レストランびわ」「レストラン己高」「レストラン木之本」「ホルモン焼肉 門」「コーヒーハウス エトランゼ」「和風鉄板料理 天久」「ぶぶあん」「喫茶&レストラン  ニューナカムラ」など57店分を展示。そのうち三ツ矢元町にあった「コーヒー&お好み焼きチャンピオン」は、山田館長の夫・英雄さん(享年69)と初めてデートで訪れた店だといい「そこで鉄板をきれいにしていたのを見初められたみたい」と笑顔で懐かしんだ。

 米原市内では「COFFEE SHOPスタンダール」「サッポロラーメン 熊ぼっこ」「ドライブイン山東」「奥伊吹スキー場」などを展示。彦根市内にあった洋食屋「スイス」のマッチ箱について、山田館長は「在校していた旧彦根西高校からの帰り道に寄り、先生に叱られていたことを思い出す」と話した。

 展示会場では来館者に当時の思い出を書いてもらう「マッチ箱でめぐるみんなの思い出コーナー」を設置。記入者には昭和時代から販売されている袋めんを無料でプレゼントしている。

 山田館長は「マッチ箱を眺めながら皆さんの青春時代の思い出に火をつけて、懐かしんでほしい」と語っていた。開館は午前9時から午後5時半まで。月曜休館。

2024年5月9日

武立さん、公式ポスターをデザイン

国スポ・障スポで、米原市長に報告

 2025年に県内で開かれる国スポ・障スポの公式ポスターをデザインした米原市上丹生の会社員・武立(ぶたつ)あかりさん(22)が7日、米原市役所を訪問し、平尾道雄市長に報告を行った。

 県は国スポ・障スポの周知と機運醸成のため公式ポスターを制作し、そのデザインを昨年7月から9月にかけて公募。応募42点の中から武立さんのデザインを最優秀賞に選んだ。

 武立さんは「すべては一歩を踏み出すことから始まる」との思いを込めて、国スポ用のポスターを赤色の足で、障スポ用を青色の義足で表現した。また市町向けのポスターに、赤色と青色の手がバトンを渡す様子をデザインした。「今まで数えきれない人々によって受け継がれてきた大切なバトンを滋賀でお預かりすることを表した」としている。それぞれのデザインには琵琶湖の形をした影も描いており、県民が一体となって国スポ・障スポの成功を願う気持ちを込めたという。

 市役所での報告会で、武立さんは「一歩目の大切さをモチーフにした。選手や大会に関わるすべての人へ、第一歩を踏み出す後押しができるよう思いを込めて作った。すばらしい大会となるよう心から祈っている」と話していた。

PRイベント参加しよう!シール集めて商品券ゲット

 国スポ・障スポを盛り上げるため、県は今月3日から8月24日まで開催される県内市町でのイベント会場で、シールを集めて応募すると抽選で景品がもらえるキャンペーンを実施している。

 対象は国スポ・障スポのリハーサル大会やほかのスポーツイベント、両大会のPRイベントなど30種類。国スポ公式サイト内(https://shiga-sports2025.jp/common/post8348)で掲載している。

 シールは県内15市町で異なる図柄となっており、長浜の曳山、伊吹山、彦根城天守など各地の名所とキャッフィー、チャッフィーがデザインされている。景品はアヤハディオ商品券や滋賀の甘味で、シール1枚、2枚、4枚、6枚に応じて景品のランクが変わる。

 シールの台紙に必要事項を記入し、郵送またはファクスで送付するか、インターネットからも可。抽選で計50人に当たる。

2024年5月7日

若者の生活と旅立ち応援

長浜市内に自立援助ホーム「ななほし」

 フリースクールや子ども食堂の運営など子どもに寄り添った活動を続けている林智子さん(52)がNPO法人「にじまち」を立ち上げ、1日、市内のアパートの一角に自立援助ホーム「ななほし」を開設した。さまざまな理由で家庭で生活できない若者を受け入れ、共同生活を通じて自立をサポートする施設で、長浜市内では初めての設置。

 元小学校教諭の林さんは不登校の子ども達の居場所「にじっこ」、フリースクール「虹の学び舎」、子ども食堂「まんま」、命の大切さを訴える講演「あーちゃんの虹」など幅広い活動に取り組んでいる。

 自立援助ホームは児童福祉法に基づいて設置される民間施設で、虐待などの理由で家庭では暮らせない15〜20歳の若者に生活の場を提供するもの。大学在学中などを条件に最長で22歳までが利用できる。

 林さんは昨年8月、長浜市内に自立援助ホームがないことを知り、「長浜市内にホームがあれば、利用したい人もいるはず」と、開設に向け奔走。開設には法人格が必要なことからNPO法人を立ち上げるとともに、準備資金200万円の支援を企業などに呼びかけた。支援の輪が広がり、これまでに190万円を超える浄財が寄せられた。

 自立援助ホームはアパートの4室を借りて整備した。3室は共同生活を送るスペース、1室は料理や団らんの共有スペースとする。定員は6人。若者が共同生活を送りながら自立に向けたノウハウ、スキルを身に付け、常駐スタッフが生活面をサポートする。なお、自立援助ホームの運営は児童相談所による委託業務のため、入居者も児童相談所の紹介で受け入れる。

 林さんは「全員が虐待などで心に傷を負って入ってくる。世の中や大人を信じる気持ちが芽生えるようなお家にしたい。そして、優しくて温かいホームにして、退所しても実家みたいに帰って来られる場所にしたい」と話している。

 4月28日に行われた開所式には浅見宣義市長をはじめ市職員やアパートの住民が出席し、くす玉を割って開所を祝った。