2026年7月6日

段ボール仲間の力作ずらり

ケンパパ呼び掛け「な・か・ま・展」

 段ボールアート作家「ケンパパ」こと佐藤健司さん(内保町)が呼び掛けた作品展「ケンパパプレゼンツ 第1回な・か・ま・展」が5日、さざなみタウン2階展示スペースで始まった。子どもから大人まで11人が制作した19点の作品が並び、自由な発想と手作りならではの温かみで来場者を楽しませている。

 佐藤さんは昨年1月、同施設で段ボール製の旧車を精巧に再現した個展を開催。その後、毎月開かれる子ども向けイベント「こどもDoまんなかひろば」で、自作の「ビー玉迷路タイムトライアル」コーナーを担当している。

 活動を続ける中、会場には「こんなん作ってきたで」と、自分で作った段ボール作品を持ち寄る子どもや家族、高校生や大人が次第に集まるようになった。どの作品も個性にあふれ、「弟子展を開いては」との声も上がったが、佐藤さんは「弟子というより仲間」との思いから、「な・か・ま・展」と名付けた。

 会場には、旧車や蒸気機関車、人気映画「スター・ウォーズ」のR2—D2、ビワマスなど、テーマも素材もさまざまな作品が並ぶ。

 中でも目を引くのが、段ボール箱の印刷を巧みに生かしたビワマス。カップ麺「どん兵衛」の段ボール箱に印刷された模様を魚のうろこに見立て、素材の特徴を生かした遊び心あふれる作品に仕上げた。

 佐藤さんは氷菓「ガリガリ君」を制作して出展。親しみのあるパッケージを巨大サイズで再現した。作品展の会期は18日まで。

 

 

 

 

2026年7月6日

映画愛、似顔絵に込めて

湖北まちセンで北川さんの作品展

 湖北まちづくりセンターで、元看板職人・北川勉さん(79)=湖北町速水=の似顔絵展が開かれている。映画俳優やNHK大河ドラマの登場人物など約80点を展示。さらに今秋、米原市柏原で開かれる映画祭から大型映画看板の制作依頼を受け、長年抱き続けた夢を実現させた。

 会場にはレオナルド・ディカプリオやオードリー・ヘプバーン、時代劇やNHK大河ドラマの登場人物などの似顔絵が並ぶ。表情や目元、口元の特徴を巧みに捉えた作品が来場者の目を引いている。

 北川さんは地元で看板業「アドベン」を営み、長年、店舗や企業の看板制作に携わってきた。現在は息子が事業を引き継いでいる。

 20代半ばには、長浜駅前で映画看板の制作を手がけていた岩渕義男さんの工房でアルバイトを経験。映画タイトルなどの文字を書くレタリングを担当したが、俳優の絵を描くことは許されなかった。

 「絵は教えられん。見て盗め」—。師匠の言葉を胸に刻み、仕事を終えて帰宅すると、トレーシングペーパーを使って独学で映画俳優の顔を描き続けた。しかし、その後に創業した看板業では文字を書く仕事がほとんどで、映画看板を描く機会は訪れなかった。

 看板業を息子に譲って仕事に一区切りがつくと、「何かせなあかん」と本格的に似顔絵制作を開始。映画を見て感動するたびに筆を取った。

 その積み重ねが実を結び、今秋、米原市柏原で開かれる映画祭から縦約1・8㍍の大型映画看板3点の制作を依頼された。制作期間は約3カ月。「うれしい半分、不安半分だった。でも若い頃から憧れていた映画看板を、ようやく自分で描くことができた」と笑顔を見せる。

 展示は26日まで。火曜休館。今月は20日も休館。

 なお、展示作品は会期終了後、希望者に有償で譲る予定で、売り上げは地域の子ども食堂へ寄付する考え。「今まで地域に支えられてきた。少しでも恩返しができれば」と話している。

 

 

 

2026年7月3日

【湖北史記 其の48 】小堀遠州の事績と出生地

 宮川陣屋があった宮司町の北部に小堀町がある。その集落内に、「小堀新介(しんすけ)殿屋敷跡」と刻まれた石碑が建っている。当地は「小堀遠州出生地」として長浜市指定史跡にもなっている。小堀新介正次は遠州の父親で、戦国大名浅井氏の家臣であった。その室は、浅井氏の重臣である磯野員昌(かずまさ)の娘だが、遠州が幼い時に亡くなったようだ。

 小堀遠州は名を正一(まさかず)といい、江戸幕府の技術官僚として名高い。二条城二の丸庭園、南禅寺方丈南庭、金地院(こんちいん)「鶴亀の庭園」など、京都の名立たる庭園の作者とされるが、造園の指導・監督を行なったとするのが正しい。庭園は数十年でその姿を変えるので、遠州が指導したままの状態で今に残る例は少ない。その中で、遠く岡山県高梁(たかはし)市にある頼久寺(らいきゅうじ)庭園は遠州が造園指示した形が今でも残る稀有(けう)な例で、国指定名勝になっている。

 その他、名古屋城天守・本丸、大坂城の天守・本丸・二の丸、二条城、江戸では江戸城二の丸や品川東海寺の普請・作事にも力を尽くした。当時は空前の城郭建築ブームであり、普請・作事に詳しい遠州は引っ張りだこだった。大阪城の大手門近くの千貫櫓(せんがんやぐら)は、遠州指導によって建造された建物が、そのまま残っている例である。近江国内では、将軍宿泊用の御殿である水口城(甲賀市)や、伊庭(いば)御殿(東近江市)の建造にも関わっている。

 また、遠州流茶道の祖としても知られる。中世から続く茶道の歴史の中で、「大名茶」というジャンルを確立させた人物だ。千家の茶道が、主に町人によって培(つちか)われたのに対し、江戸時代の武家儀礼の中に茶道を取り入れていった。また、茶室よりも広間での点前(てまえ)を特徴とし、茶室にしても窓が沢山ある明るい部屋を好んだ。その心得の真髄を示す「綺麗(きれい)さび」は、高雅で貴族風の茶道趣向を表している。平成9年の遠州没後350年を機に長浜で復活した遠州流茶道は、今も小中学生への授業など、社会貢献を続けている。

 小堀町周辺に残る遠州の痕跡は少ない。宮司町との堺に「ばんば堀」と呼ばれる小さな池がある。ここが、遠州が生まれた屋敷の堀であったとされる。屋敷地の石碑は、慶長7年(1602)の検地絵図にある正次屋敷を、現地に当てはめた場所に建立されている。さる3月3日、小堀町で5年ぶりに外部の関係者を招いての例祭が行なわれた。遠州霊前への献茶や、菩提寺の近江孤篷庵住職による読経が行なわれた。全国的に活躍した小堀遠州の痕跡は長浜にはわずかだが、住民は遠州の偉業を今も讃え続けている。

 

「小堀新介殿屋敷跡」の石碑(長浜市小堀町)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年3月5日掲載)

2026年7月3日

【湖北史記 其の47 】最後の宮川藩主堀田正養

 前回触れた長浜市宮司町(みやしちょう)にあった宮川藩だが、江戸時代は宮川陣屋に数人の藩士をおいて、藩領を経営していた。やがて江戸幕府が崩壊、明治政府の支配がこの地に及ぶと、宮川藩は新政府に恭順の意を伝え、存続していくことなる。ただ、江戸(東京)にいた藩主と80人程の藩士たちは、領国の宮川に移住し、そこで藩政を行なうことになった。

 藩主や藩士が宮川で暮らすとなると、宮川陣屋のみでは手狭となるので、村の東方の田畑を開発して、藩主の御殿と家臣の屋敷を新設することになる。その御殿は、玄関や家老部屋などの役所や広間、さらには櫓(やぐら)もある壮大な建物であったことが、坂田郡常喜村(常喜町)の大工・宮部太兵衛(たへい)の史料から分かる。家臣の屋敷も御殿北方から東方にかけて整然と区画割して造成された。さらに、その屋敷群の東方には、彼らの軍事教練用に調練場が設けられた。現在、その跡地を示す石碑が住宅地の中に建っている。

 宮川藩は最終段階では宮川県と呼ばれ、明治4年(1871)には廃藩置県により、藩主や藩士は東京へ帰ることになる。最後の宮川藩主(明治には宮川藩知事)は堀田正養(まさやす)。秋田県由利本荘(ゆりほんじょう)市旧岩城(いわき)町にあった亀田藩岩城家の8男で、宮川藩堀田家に養子に入った人物である。正養が宮川を離れる時、主な領民を集めて「この度、東京で「御用(ごよう)」があるので、当地を離れることになったのは誠に残念だ」と述べている。近江に移住し、長く旧藩領を治めることを望んでいたようである。

 正養はその後、明治の政界で活躍する。明治11年(1878)には東京府議会議員に当選し、政治家の道を歩む。浅草区長・下谷(したや)区長・深川区長などを歴任、明治23年(1890)に国会が開設されると、貴族院議員となった。福岡県の炭鉱を支えた筑豊(ちくほう)興業鉄道の社長を務めるなど、院内きっての「鉄道族」として知られた。明治41年(1908)には第一次西園寺公望(さいおんじきんもち)内閣の逓信大臣にもなっている。

 長浜豊国神社の南側の道は、西に向かって鉄道で行き止まりだが、昭和57年(1982)までは蓮池(はちいけ)踏切を越え、豊公園へ直接つながっていた。中央官庁の鉄道院はここに踏切を設置することを、駅に近いという理由で、最初許可しなかった。町人たちが堀田正養に嘆願して、踏切設置が成就したという話も伝わる。市内に散在した元宮川藩の建物も多くが撤去された。宮川藩の痕跡(こんせき)は微(わず)かだが、人々の記憶には留めたい。

 

宮川藩家臣団屋敷地跡(長浜市宮司町)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年2月20日掲載)

2026年7月3日

【湖北史記 其の46 】宮川陣屋と堀田氏

 前回、阿波国(徳島県)の住人5人が、明治9年(1876)に西国巡礼の旅に出かけた話を書いた。その日記では、同年4月24日、観音坂を越え宮川村で泊まって、翌日は竹生島に向かっている。この宮川村は現在の宮司東町のことで、宮司西町に当たる下司(げし)村と明治7年(1874)に合併し、両村から一字とって「宮司」の村名が成立した。したがって、「ぐうじ」ではなく「みやし」と読む。

 この宮川は江戸時代、一万石余の堀田氏を藩主とする宮川藩が存在し、その領国統治のための陣屋(じんや。政庁)が置かれた場所となった。江戸時代の近江国の石高(こくだか)は約80万石。その内の30万石(近江国内は28万石)が彦根藩領であったことはよく知られている。彦根のお菓子に「三十五万石」があるが、5万石は幕府からの預り米で領地としては30万石が正しい。その他に、本多氏の膳所藩6万石、加藤氏の水口藩3・5万石、これが城持(しろもち)大名だった。その他の7大名は2万石以下の小藩で、大きな屋敷を指す陣屋を政庁としていた。これを陣屋大名という。その他、大和郡山藩領などの他国の大名領、旗本領、それに総持寺などの地元寺社領によって、80万石は構成されていた。

 宮川藩もその陣屋大名で、藩主の堀田氏は三代将軍の側近正盛から続く名族だが、正盛の子・正信の時、幕閣と対立し一回取り潰(つぶ)しにあった。しかし、父祖の功績が認められ小大名ながら復活を許された家系である。幕末の政治史で井伊直弼によって翻弄される老中堀田正睦(まさよし)は、この宮川藩堀田氏の分家で、下総(しもうさ)国佐倉藩(千葉県佐倉市)の藩主である。

 宮川藩主は、幕閣に加わることも多い譜代大名だったので、参勤交代をしない定府(じょうふ)大名とされた。つまり、江戸にいることが常で、地元の宮川には数人の家臣を置くだけだった。その所領は地元の坂田郡のみならず、近江国内の滋賀郡・蒲生郡など6郡に散在的に存在した。とても、数人の家臣では治めることはできず、坂田郡の場合は浅井氏時代からの地侍(じざむらい)・垣見氏の手助けを得て領国を統治した。各郡とも、垣見氏のような地元代官の助力を得て、政治を行なっていたものと見られる。

 その陣屋前の道は観音坂からの朽木街道と、それに南北に直交する小谷道が合わさった街道である。2つの街道は村の南で合流し、陣屋前を通過し村の北で分岐する。江戸中期の宮川村絵図を見ると、そこは「茶屋」などの商店が並ぶ町場(まちば)であった。陣屋前に広がる城(陣屋)下町としての繁栄を伝えるものは少ないが、せめて「宮川陣屋跡」の石碑前では足をとめて、江戸時代の賑わいを偲んで欲しい。

 

「宮川陣屋跡」の石碑(長浜市宮司町)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年2月6日掲載)

2026年7月3日

船舶水難事故想定し訓練

ヘリコプターなどで遭難者救助

 夏のレジャーシーズンを前に船舶・水難事故を想定した救助訓練が1日、彦根港で行われた。警察や消防、県市、民間団体などから約50人が参加し、湖上で遭難した人の救助手順や関係機関の連携を確認した。

 訓練は彦根地方水上安全協会が毎年この時期に、彦根署や市消防本部、県などと連携して実施。今年はウインドサーフィンをしていた6人が強風にあおられ、岸に戻れなくなったとの想定で行われた。

 開始式で同協会の伊藤孝樹会長は「水難事故が万が一発生した時は官民が連携し、迅速に救助活動ができるよう訓練をしたい」とあいさつ。訓練では、通報を受けた警察と消防が現場へ急行し、港に現場指揮本部が設置され、警察の警備艇が遭難者の捜索に当たり、市消防本部の水難救助隊が湖上で救助活動を展開。さらに県の防災ヘリコプターが上空から飛来し、要救助者を機内へ収容する一連の手順を確認した。参加者たちは無線で情報を共有しながら、それぞれの役割や連携を確かめ、万一の事故に備えた。

 県内では昨年、船舶・水難事故が56件発生し、9人が死亡。彦根署管内では今年5月に大学のウインドサーフィン部の8人が遭難する船舶事故が起こり、1人が負傷した。

 彦根署地域課長の杉橋学警部は「ウインドサーフィンなどに乗る時はライフジャケットを装着することや、飲酒した時は船舶を操縦しないことなど、基本的なルールを守って、安全にレジャーを楽しんでほしい」と話している。

(滋賀彦根新聞)

2026年7月3日

製造廃材で輪止め開発

原馬化成、循環型モデル発売

 自動車や家電向け樹脂部品を手がける原馬化成(西上坂町)は、製造工程で発生するプラスチック廃材を活用した資源循環型タイヤストッパー「HOLDEN+(ホールデンプラス)」を発売した。自社グループ単独での商品開発は初めて。経済産業省の「ミカタプロジェクト」の伴走支援を受けて開発を進めた。

 ストッパーはトラックや業務車両の停車時に使う輪止め。現場で日常的に使用される安全用品でありながら、重さや持ち運び、収納性に関する課題があった。開発したストッパーは従来品約900㌘に対し約460㌘と約半分の軽量化を実現。片手で扱える設計で、高齢者や女性ドライバーの負担軽減につなげた。

 軽量化と強度の両立には、コンピューターによる強度解析(CAE)を活用。形状を最適化し、落下試験や4㌧トラックによる性能評価試験もクリアした。本体にはマグネットを内蔵し、2個を1組でまとめて収納できる工夫も施した。

 開発にあたっては、使用済み製品や製造工程で出る廃材を回収し再資源化する仕組みを構築。ブラックモデルには再生ポリプロピレンを100%使用し、循環型モデルを形にした。

 企画・販売を手掛ける同社子会社のベゼルは「物流の安全をもっと軽く、もっと強くしたいという想いで開発した。古くなったストッパーを回収し再度製品にするという『価値の再創造』の思想に共感いただけるパートナー企業と共に、持続可能な物流の未来を作っていきたい」とコメントしている。

 

 

 

 

2026年7月3日

バレエの成果 華やかに披露へ

出井幹子教室 、18日文芸会館で発表会

 出井幹子バレエ教室(勝町)の発表会が18日午後3時半から長浜文芸会館で開かれる。幼児から社会人まで総勢63人が出演し、クラシックバレエや創作作品を通して日頃の練習成果を披露する。

 同教室は地域で長年バレエ指導を続け、今回で19回目の発表会。幅広い年代の生徒が一堂に会する舞台となる。プログラムは、深川秀夫さん構成・振付による「三人のキトリ」をメインに据え、オリジナル作品「不思議の国のアリス」や小品集で構成する。

 「三人のキトリ」は古典バレエ「ドン・キホーテ」をもとに深川さんが再構成した作品で、主役キトリを長浜北中3年の瀧上瑠美さんらが演じる。瀧上さんは「明るく元気なキトリの魅力を表現し、観ている方にも楽しんでもらえるよう頑張りたい」と意気込みを語る。パ・ド・ドゥにも初挑戦する。

 一方、「不思議の国のアリス」では、長浜南中1年の花澤桜さんが主人公アリス役を務める。花澤さんは「つらいことや嫌なことがあっても、踊っていると自然と笑顔になれる。感謝の気持ちを込めて踊りたい」と話している。

 入場無料。なお、8月1日には新たに新幼児クラスも始まる予定で、教室では新規受講生も募集している。

 

 

2026年7月3日

3歳までの子に自信をつける教室

「モンテッソーリ教育」導入、彦根市中藪町で

 イタリアの医師、マリア・モンテッソーリの教育を導入している子育て支援教室「モンテッソーリ『子どもの家』ラポール」が彦根市中藪町で行われている。受講を希望する親子を募集している。

 モンテッソーリは1870年生まれで、イタリアで初の女性医学博士となった。障害児教育の研究を進める中で独自の教育法を確立し、子どもの発達を0歳から6歳、6歳から12歳、12歳から18歳、18歳から24歳の4つの段階に分別。例えば0歳から3歳までは「あらゆることを吸収」し、3歳から6歳までは「それを土台にして、関心のあることをさらに吸収」する段階だとし、6歳までの子どもが自身の人格を形成するための道具「教具」も開発した。

 子どもの家ラポールは運営する廣田幸子さんの自宅を改装。1階と2階の計3部屋を使い、野菜・果実・動物・昆虫・魚のフィギュアや、つまむ・開閉するなど日常生活のための3歳までの教具を各部屋に用意している。

 これまでにも子育て支援の活動をしてきた廣田さんは「長年、子育て支援に携わってきたが、ここ(モンテッソーリ教育)にすべてが詰まっている」と解説。「『できた』という経験を積み重ねていくことで、子どもにとっては自信になり、自己肯定感にもつながっていく」と話している。

 開講日は生後3カ月から歩ける子までが毎週火曜水曜の午前10時と午後1時半・第1第3土曜の午前10時、歩ける子から3歳までが木曜金曜の午前10時と第2第4土曜の午前10時。各教室1時間半で、受講料1500円。各回4組。申し込みはメール(hikonesodachi@gmail.com)。

(滋賀彦根新聞)

2026年7月2日

100年後へつなぐ琵琶湖の記録

100人が書き継いだ「交換日記」刊行

 琵琶湖とともに生きる人たちの日常を記録した書籍「100年後に読む琵琶湖日記 」が、7月1日の「びわ湖の日」に刊行された。漁師や料理人、写真家、研究者、釣り人、小中高生ら約100人が1年間にわたり書き継いだ日記をまとめた一冊で、「今」の琵琶湖の姿を未来へ残す試みとして注目されている。

 近年、琵琶湖ではコアユなど湖魚の不漁が続き、漁師の数は最盛期の約3000人から約300人へと減少。古くから受け継がれてきた漁法も失われつつある。

 「郷土食である湖魚の佃煮をおいしく食べたり、子どもたちが湖水浴を楽しんだりする日常の景色が、当たり前ではなくなるのかもしれない」—。こうした危機感を背景に、木之本町大音の出版社「能美舎」代表の堀江昌史さんが、大津市の漁師・駒井健也さんとの会話をきっかけにプロジェクトが始動した。

 メディアプラットフォーム「note」の同じアカウントを使い、参加者が2025年4月から2026年3月まで、それぞれの立場で日々の暮らしや琵琶湖との関わりを交換日記のように記録してきた。

 書籍には、湖魚の不漁に直面する漁師の思いや、湖底のごみを拾い続ける潜水士の活動、水槽の魚を観察する中高生の記録などが収められている。行政の報告書や学術論文には残りにくい「当事者の暮らし」が綴られているのが特徴という。

 発行は能美舎。堀江さんは「100人近くが自発的に集まり、1年間書き継いだ。ネット上のプラットフォームがいつまで続くかはわからない。でも本は残る。誰かの本棚に収まり、100年後に誰かの手に渡る—。そのために書籍化しました」と話す。A5判250ページ、2200円、初版2000部。

 刊行を記念し、無印良品ビバシティ彦根では7月31日まで関連展示を開催している。琵琶湖写真家・辻田新也さんの写真展や同書のパネル展、黒川琉伊さんによる原画展示が行われ、20日にはトークショーとプチマルシェも予定されている。

2026年7月1日

「天下一」面打の能面 一堂に

是閑吉満や井関家重ら、博物館で

 彦根城博物館はテーマ展「『天下一』の面打―名工の技 幽玄の美」を開いている。12日午後2時から講堂で関連講座を行う。 「天下一」は平安時代以降、世に比べるものがないほど優れた人物や場所、出来事などを形容する際に用いられた。近世時代には主に鋳物師(いもじ)や塗師(ぬし)、陶工などの優れた職人に与えられた。室町時代後期になると、自称天下一の職人が表れ、桃山時代には織田信長や豊臣秀吉が一部にその使用を許可し、大いにもてはやされた。しかし、江戸時代に自称の者が急増したため、天和2年(1682年)にその使用が禁止された。 能の世界では、能面を作る職人の面打(めんうち)のうち、文禄4年(1595年)には面打家の大野出目(でめ)家の初代・是閑(ぜかん)吉満(1527年~1616年)が秀吉から天下一の称号を与えられ、是閑の息子の友閑満庸(ゆうかんみつやす)や近江井関家の四代・家重らが天下一を称した。 テーマ展では井伊家伝来の能面から天下一の面打の作品や写しなど32点を展示。「天下一是閑」の焼印が刻まれている是閑による桃山時代作の若い女の能面「小姫」、児玉満昌(不明~1704年)が用いた「天下一近江」の焼印がある男の怨霊の江戸時代前期作の能面「怪士(あやかし)」、井伊家十二代・直亮による自筆の道具帳「能面心覚帳」などがある。ほかに、家重の焼印「天下一河内」と打った証を特定の箇所に刻む知らせ鉋(がんな)が押された江戸時代初期作の能面「般若」は、室町時代の名品の金春(こんばる)家の本面を写した作品や、それをさらに写した般若も見られる。 開館は20日までの午前8時半から午後5時。12日の関連講座はテーマが「『天下一』の面を見る―巧みの技と造形」。講師は学芸員の茨木恵美さん。

(滋賀彦根新聞)

 

 

2026年7月1日

駅弁文化、米原市文化財に

井筒屋資料と汽車土瓶 「鉄道の町」象徴

 米原市教育委員会は、米原駅で長く駅弁や駅そばを販売してきた井筒屋に伝わる「井筒屋資料」と、米原駅構内で見つかった「米原駅出土汽車土瓶」の2件を新たに市指定文化財に指定した。いずれも有形文化財(歴史資料)。今回の指定で、市指定文化財は計98件となった。

 井筒屋資料は345点。井筒屋は安政元年(1854)に長浜で旅館業を始め、米原駅が開業した明治22年(1889)から駅構内で駅弁販売を始めた。資料群は2025年3月の駅弁事業撤退後、同年12月に市へ寄贈された。

 資料には、明治34年(1901)の米原駅構内での弁当販売許可申請書や営業許可書、戦前から近年までの駅弁掛け紙、調理器具、旅館営業に関する帳簿などが含まれる。駅弁掛け紙だけで156点あり、駅弁屋の営みをまとまって伝える内容となっている。

 米原駅出土汽車土瓶は12点。1994年の米原駅構内工事で見つかった。汽車土瓶は、駅弁とともに鉄道利用者へ販売された陶器製のお茶の容器で、昭和40年代にポリエチレン容器が登場すると姿を消した。

 今回指定された土瓶は、角形の形状や文字表記などから昭和初年から終戦期のものとみられる。「ぬまづ/桃中軒」(沼津駅)や「東華軒」(小田原駅)などの文字があり、東海道線沿線で販売されたものが米原駅まで持ち込まれ、廃棄されたと考えられる。まとまった数の発見は、米原駅が重要なターミナル駅だったことを示す物証でもある。

 市教委は、2件を「鉄道の町・まいばら」を象徴する歴史資料として保存活用していく。指定資料を含む企画展「風味・風土・風景感じる駅弁〜鉄道の町・まいばらと井筒屋〜」は、今月25日から9月13日まで伊吹山文化資料館で開かれる。

 

 

 

 

 

2026年7月1日

小谷城ミュージアム予算削除

長浜市議会修正案可決、計画見直しへ

 長浜市議会は6月30日の本会議で、(仮称)小谷城戦国体験ミュージアム関連費を削除した一般会計補正予算案の修正案を賛成多数で可決した。採決結果は賛成12、反対7。市が進めてきた現行計画は見直しを迫られることになった。

 修正案は恵風会、共産党市議団、つなぐ長浜の3会派の議員が提出。ミュージアム整備関連事業費12億3500万円の債務負担行為設定を削除する内容で、6月26日の予算常任委員会でも賛成多数で可決されていた。

 討論では、中川勇議員が反対の立場から登壇。「地域住民や関係団体と長年にわたり積み重ねてきた協議と合意形成は看過できない」と述べ、国の地域未来交付金の内示を得ていることや県の北部振興プロジェクトとの連動性を挙げ、「国や県との信頼を損ね、今後の市事業全体の支援にも計り知れない影響を与える」と訴えた。

 一方、藤井登議員は賛成討論で「博物館としての機能や観光振興拠点としての役割、交通アクセスや周辺の滞在環境などに多くの疑問や懸念が示されてきた」と指摘。「市民全体が納得できる事業かを改めて立ち止まって検証し、慎重な判断を求めるもの」と修正案への理解を求めた。

 採決では、浅見宣義市長に近い「新しい風」の7人が修正案に反対した。浅見市長は閉会あいさつで「私はこれをもって整備を諦める考えはない」と述べ、計画継続への意欲を表明。「議会で示された意見を受け止め、より良い事業とするため検討を重ねる」と語った。今後、小谷城跡の保存活用や施設周辺の利便性向上、市内の歴史文化資産との連携、財政などを改めて検証し、「見直しと工夫」で事業の実現を図る決意を示した。

 長浜市が整備を計画する(仮称)小谷城戦国体験ミュージアムは、小谷城跡や姉川古戦場、賤ケ岳古戦場など北国脇往還沿いに点在する戦国時代の歴史資産を一体的に発信する拠点施設。市は教育普及と文化財の保存・活用を推進する「社会教育施設」と位置付けている。

 整備地は湖北町伊部の戦国ガイドステーション・浅井三代の里敷地内。小谷城跡登山道の起点にあたり、小谷城跡への「玄関口」となる。施設は鉄骨造平屋建てで、延べ床面積は770平方㍍(既存建物改修含む)。映像展示室、常設展示室、実物展示室、エントランスを整備。浅井三代やお市の方、三姉妹の歴史を映像や模型、出土遺物、体験展示など多様な手法で紹介し、小谷城跡や周辺史跡への周遊につなげる。

 エントランスには広域マップや観光情報を備え、市内外の史跡や博物館、観光スポットを結ぶハブ機能を持たせる。市は「戦国ベルト地帯構想」の中核施設として位置付け、県の北部振興プロジェクトとの連携による誘客効果を期待している。

 総事業費は約13億6000万円。このうち、予算案に盛り込んでいた建設関係約9億2600万円、展示関係約3億0900万円の財源は国の地域未来交付金50%、合併推進債45%、一般財源5%としていた。

 市は年間来館者3万人を想定。整備に合わせて小谷城戦国歴史資料館と文化財保護センターを廃止・解体する方針だった。

 修正案の賛否は次のとおり。

 【賛成】岩川信子、大橋延行、北川陽大、鬼頭明男、杉本英一、千田貞之、多賀修平、髙山亨、橋本典子、藤井登、鋒山紀子、村山さおり。

 【反対】押谷正春、加納義之、竹本直隆、田中真浩、中川勇、中川亮、矢守昭男。

※伊藤喜久雄議長は採決に加わらない。

2026年6月30日

「FAAS」の2選手が全国切符

小学生陸上競技大会で、高木さん、田村さん

 県内の小学生ランナーらが集う日清カップ第42回滋賀県小学生陸上競技交流大会が28日、大津市の皇子山総合運動公園陸上競技場で開かれ、長浜を拠点に活動する陸上クラブチーム「FAAS T&F」の2選手が全国大会出場権を獲得した。

 大会は滋賀陸上競技協会主催。県内の小学4〜6年生が100㍍、コンバインド(混成競技)、400㍍リレーなどで全国大会出場を懸けて熱戦を繰り広げた。

 FAASからは、男子6年コンバインドA(80㍍ハードル・走高跳)で高木央生さん(北郷里小)が2位に入り全国切符を獲得。80㍍ハードルでは13秒33を記録し、自己ベストを更新した。

 男子5年100㍍では田村優一さん(南郷里小)が決勝で14秒29の自己ベストをマークして優勝し、全国大会出場権をつかんだ。

 全国大会は11月、国立競技場で開かれる予定。高木さんは「全国大会では自己ベストを更新し、少しでも良い結果を残せるよう頑張りたい」と意気込み、田村さんは「全国には自分より速い人が多いので、あと4カ月しっかり練習したい。まずは13秒台、自己ベスト更新を目指したい。目標は桐生選手」と話した。

 FAASには1月から大津県出身で女子短距離選手の山中日菜美さんが所属しており、今大会ではコーチとして子どもたちのウォーミングアップなどをサポートした。