2021年6月8日

手にした聖火トーチ、地元で巡回展

白血病から復帰の平川さん

 「私にとって聖火トーチは元気になった証。復帰の象徴」—白血病となり400日以上の入院生活を乗り越え、東京オリンピックの聖火ランナーに参加した高月町布施の平川健太さん(40)が手にした聖火トーチが町内の公共施設で巡回展示されている。

 平川さんは5年前、発熱の症状が治まらず、受診したところ、白血病と診断された。守山の病院に入院した平川さんは家族と離れたまま、闘病生活を送った。

 幼い子ども2人の子育てをしながら、車で片道2時間かかる病院まで妻のさきさん(40)は、ほぼ毎日通い、励ましてくれ、友人たちの応援も心の支えになった。また、長い抗がん治療も実らず、再発し、骨髄移植を受けることになり、弟の真也さん(37)に協力してもらった。

 「元気になれたのは家族や友人、みんなのおかげ。オリンピックで思い出を残したい」と聖火ランナーに応募。企業枠で当選し、5月28日、彦根城の堀周辺約200㍍を走った。

 ずっしり重たいトーチ。緊張の中、みんなへの感謝の気持ちを聖火に込めながら、完走できた。記憶の中では一瞬の出来事だったが、「この思いを地元の人にも伝えたい」と近くの七郷小や高月体育館などでトーチやユニフォームを展示することに。

 展示会場のひとつ、たかつき認定こども園では8日、平川さんが園を訪問。園児たちが聖火リレーの説明を受けながら、トーチにふれた。園児たちは「重たい」「つるつるしている」などと歓声を上げ、全員で「見せてくれて、ありがとう」とお礼を述べると、平川さんは「大きくなったら、オリンピックに出て下さい」とエールを送っていた。

2021年6月3日

将来の夢へ 期間限定の洋菓子店

木之本の高藤さん えきまちテラスにチャレンジ出店

 えきまちテラス長浜1階のチャレンジスペースに2日、洋菓子専門店「アンリトム」がオープンした。30日までの期間限定の出店で、出店者の高藤桃花さん(23)=木之本町黒田=は「お菓子に込めた思いやこだわりを伝えられれば」と話している。

 高藤さんは長浜高校を卒業後、パティシエを目指して京都市内の製菓専門学校で2年間学び、その後はホテルやカフェに勤務。昨年、フランスの菓子店で働きながら学ぶ「ワーキングホリデー」を計画していたが、コロナ禍で断念。このため、10月に木之本町廣瀬の民家を改修して工房を開設し、洋菓子を主にネット予約で注文を受け付け、直売してきた。

 12月のクリスマス前にえきまちテラスで開かれたマルシェに出店したところ、商品が完売。「ネット販売では味わえない、お客さんと接する喜びや幸福感が忘れられない」と実店舗販売への思いを募らせていた。

 洋菓子を楽しめるカフェ経営を目指している高藤さん。将来の参考にしたいと、えきまちテラス長浜が募集していたチャレンジスペースへの出店に手を挙げ、6月2日のオープンに至った。

 焼き菓子はフィナンシェやブラウニーなど7種類、生菓子はティラミスやクッキーシューなど5種類程度を扱っている。イートイン限定メニューとして、季節のフルーツを使ったオーストラリアの伝統デザート「パブロバ」を提供している。

 店舗名の「アンリトム」はフランス語で「ひとつのリズム」という意味。高藤さんは「アンリトムのお菓子が、食べた人の人生の一つのリズムを作るきっかけになれば」との思いを込めている。

 営業時間は午前11時から午後5時まで。火曜定休。

2021年6月2日

新商品で地域をPR、活性化

長浜市商工会 3カ所の道の駅で夏と秋「食のマルシェ」

 新商品で湖北地域の魅力をPR—長浜市商工会は市内3カ所の道の駅で特産品を展示販売する「長浜・食のマルシェ」を企画。2日から会員らを対象に出品募集を始めた。

 集客力を持つ道の駅、浅井三姉妹の郷(内保町)、湖北みずどりステーション(湖北町今西)、塩津海道あぢかまの里(西浅井町塩津浜)を会場に、「夏の陣」(8月20日〜22日)、「秋の陣」(11月19日〜21日)でオリジナル商品をPR。魅力ある商品を地元の人や行楽客に見てもらい、個々の販路を拡大。地域の活性化につなげる。

 商品は地域の食材や産物を使った食品や民芸品など。新規開発の商品も歓迎。パッケージ、内容物の数量の変更なども新商品とみなす。開発については同商工会がバックアップし、デザイナーなど専門家のアドバイスを無料で受けることもできる。

 対象者は商工会会員、道の駅出品者。出品料は各回3000円(出品手数料は常温15%、冷蔵・冷凍20%)。商品は1店舗最大3種まで。展示ブースは商工会が用意する。締め切りは夏の陣が7月15日、秋の陣が10月15日。

 同商工会と長浜商工会議所が今年2月、市街地の空き店舗で開いた「食くらしマルシェ」では75品が出品され、当初計画を大きく上回る278%の売り上げを記録。一部商品は販路の拡大につながっているという。

 商工会は「コロナ禍の中でも前向きな商品開発で地元から全国に通ずるブランドを発信したい」と話している。問い合わせは長浜市商工会℡(78)2121へ。

2021年6月1日

長浜で手作りコンサートを

加藤さん、企画グループを発足

 「長浜を中心に手作りのコンサートを開きたい」—木之本町木之本の加藤哲さん(59)はコンサートを企画するグループ「エンモ・コンサーツ」を発足。8月の弦楽四重奏演奏会のサポートを皮切りに活動を始める。

 京都生まれの加藤さんは大阪芸大で音楽学を学び、卒業後、楽器屋に就職。その後、当時、音楽事業に熱心だった下着メーカー・ワコールに移り、営業や物流など約30年間、携わった。

 しかし、音楽への情熱は冷めず、会社の早期退職制度を活用し、2年前、指定管理者になったばかりの「ふるさと夢公社きのもと」が募集していた企画・運営担当者に応募した。

 大津に住んでいた加藤さんは木之本まで通いながら、ホール事業の企画、運営を任されてきたが、コロナ禍などでコンサートができなくなった。しかし、この2年間で手応えを感じる一方、開催されないことを残念がる声を聞き、「継続したい」という思いが日に日に強くなった。

 その思いを地元で演劇、音楽活動をしている人たちに打ち明けると、皆、共感してくれ、木之本に移住することを決意。長浜を本拠に活動してゆくことに。

 今後、加藤さんら13人はコンサートを開きたい音楽家をサポートし、非営利で会場の手配、広報、チケット販売などを展開。8月1日には長浜在住のバイオリニスト・藤村知史さんらの「スティックホール弦楽四重奏団」とのタイアップ演奏会(木之本スティックホール)。9月5日には同じく市内在住の横田麻友子さんら5人によるクラシックコンサート(同)を催す。

 グループ名「エンモ」は「人と人、音楽家と聞き手を音楽で縁結び」に由来。加藤さんは「コンサートはお金がかかる、というイメージが強いが、ハードルはそんなに高くない。月1回程度の催しを考えており、長浜で(コンサートができるまでの)サイクルを作りたい」と話している。問い合わせは加藤さん℡070(5575)1973。

2021年5月31日

加藤登紀子さん 校歌、市民コーラスにレッスン

長浜バイオ大で「びわ湖音楽祭」前に

 県民参加型コンサート「びわ湖音楽祭」(6月13日)を前に、プロデュースする歌手・加藤登紀子さんが30日、長浜バイオ大学を訪れ、音楽祭に出演する市民コーラスと合同練習を行った。

 音楽祭は「琵琶湖周航の歌」の生誕100年を記念し、2017年、びわ湖ホールを皮切りに開催。県内各地を巡っており、3回目となる今年は高島市民会館で開かれる。

 2部構成で1部には地元小学生の和太鼓やオーケストラの演奏のほか、来年、音楽祭の開催地、長浜市から市民コーラスが参加する。市民コーラスは「トゥッティ・エコー」「EMUシンガーズ」ら複数のグループの混成で、長浜バイオ大学の校歌「悠久の街」を加藤さんとともに歌う。

 校歌は加藤さんが2005年、作詞・作曲したもの。この日はメンバー15人が加藤さんの指導で声合わせなどをした。加藤さんは歌う際「目一杯、お腹から声を出して」などとアドバイス。終盤には「素晴らしい。はまっている」などと称賛。小泉美穂さん(せせらぎコーラス)は「加藤さんのパワフルさに驚いた。以前から練習していた曲。本番では自分達の声を会場に響き渡らせたい」と話していた。

 加藤さんは「この校歌は大学と地域をつなぐ歌であり、長浜の歌。学生や地域で育ててほしい」と語っていた。

 なお、13日のびわ湖音楽祭のチケットは完売している。

2021年5月26日

どうなる?お産 ⑨

⑨「産み育てたい街」を守るのは私たち

 命を歓迎できない社会に、未来はない。

 「若年女性(20〜39歳)が少なく、若者の流出も止まらない自治体は、やがて消えてしまう」

 日本創成会議は、7年前の報告でそう指摘した。

 「若年女性が2040年までの30年間で半減」「40年に人口が1万人を切る」の2条件が重なると、新生児が数十人〜数百人止まりとなって高齢者の死亡を補えず、人口が急減。消滅する可能性が高いという。

 県内で消滅可能性が高い自治体は、竜王、甲良、多賀。いずれも産婦人科はない。「30年間で半減」に近い自治体も4つ(湖南、高島、日野、甲賀)ある。

 私の住む長浜市は、38.3%減。1985〜90年には転入が多かった出産適齢期(20、30歳代)の女性が、2005〜10年の調査で転出超過となっていた。限りある医療資源。人口減や医療従事者の働き方改革のため、集約化は仕方ないのかもしれない。

 ある行政職員は「医療の逼迫した状況を、女性たちはちゃんと説明すればわかってくれる」といった。

 確かに、わかってはくれるだろう。でも女性に優しくない社会から、女性はいなくなるのでは。

 女性が地元で「産み育てたい」と思える施策が必要だ。たとえば、通院が遠い妊産婦に交通手段を用意する、病院に個室を整える、周産期前後のケアを一貫して担う助産師を配備する、などが考えられる。

 無診療所地域が増えれば、「未受診妊婦」が増えかねない。彼女たちが緊急搬送される先は、ギリギリの人員で働く病院だ。

 長浜市は21年度、長浜赤十字病院に、産婦人科医師1人につき20万円相当の給付金を助成する。待遇改善で、大学医局に派遣医師を増員してもらう狙いだ。これも一例だが、まだまだできることはあるはずだ。

 長浜病院が「分娩中止」を発表した翌日、市への問い合わせ電話はゼロだったという。市の担当者は「2年前に分娩をやめた診療所で今も産めると思い、初診を受けに来る人もいる。若い女性にニュースが届いていない」と話していた。

 今回の問題は、産婦人科医が元々少なかったために問題が顕在化しただけで、実は、外科医も麻酔科医も小児科医も不足している。

 地域医療をどう守るのか。それを考えるのは、その町に暮らす人みんなだ。

堀江昌史

(5月26日掲載)

2021年5月21日

余呉の古茶 再生プロジェクト

魅力を発進!ホットプレートで釜炒り

 かつて茶処だった余呉の茶園を再生し、その魅力を発信しようと地元の地域づくり協議会が中心となり、復活プロジェクトを進めている。

 茶はツバキ科の木から採取される茶葉。茶の木は根を張るため、地滑り防止の効果があり、土地の境界線を見極めるため、昔、田畑や庭先にはよく茶の木が植えられていた。

 ヤブキタ、サヤミドリなど100種以上あり、中国から入ったものがほとんど。約9割が品種改良によって生まれているが、市内には在来種の茶畑が点在していた。戦後の復興策として茶の生産が始まり、各地に出荷されたが、従事者の高齢化、製茶工場の移転などで採算が合わなくなり、衰退していった。

 長浜産の茶の活用をミッションとしている地域おこし協力隊の中山恵梨子さんは調べるうち、余呉では昔、自家用として自宅の周囲に植えていたことや出荷用に製茶工場があったことがわかり、菅並では数十年前、寺社で使われていたとされる古茶の茶園が現存していたことも判明した。

 情報を受け、地域づくり協議会では妙理の里近くの斜面で、雑草に覆われながらも残っていた茶園を再生。地元の人向けに「茶摘み」と自宅でもできる「釜炒り製茶」の体験会を開いた。

 参加した16人は中山さんのアドバイスを受けながら、新茶を摘み、ホットプレートで簡単にできる製茶を体験。口の中にほんのり残る独特の風味を楽しんだ。

 協議会は「地域に製茶のあり方を再認識してもらい、次世代に伝承できれば」と述べ、中山さんも「華やかな香り立つ余呉の茶を生かし、菅並に足を運んでもらえるような仕組みができれば」と話している。

 協議会では今後、茶園を活用するため、関係機関と協議しながら、作業道の整備などを進める考え。

2021年5月20日

吉田拓馬選手 水球五輪代表に

長浜北星出身 小学生からの夢叶える

 長浜北星高校水球部出身の吉田拓馬選手(26)=Kingfisher74所属=が今夏の東京五輪の代表選手に選ばれた。日本水泳連盟が19日、吉田選手を含む五輪代表男女各12人を発表した。

 吉田選手は田川町出身。小学2年生の時、長浜スイミングスクール(八幡東町、現エル・アテインスイミングスクール長浜)で水球を始めた。同高水球部ではキャプテンを務め、国体やインターハイに出場。日体大でもインカレ優勝、日本選手権優勝などチームの主力として活躍した。2016年以降は日本代表として世界選手権やアジア選手権などで活躍してきた。

 身長172㌢、体重75㌔と水球選手としては小柄だが、スピードを生かしたプレーと、シュートやパス、アシストなどマルチにこなす器用さが持ち味。五輪でも日本代表選手の中で唯一、複数のポジションを担うことになるという。

 16年のリオデジャネイロ五輪では代表にあと一歩及ばず、今回、初めての代表選出となった。吉田選手は「五輪に出るのが小学生の頃からの夢の一つだったので、代表に選ばれて素直に嬉しい」と語り、「初めての五輪なので結果を出すのはもちろんだが、水球を楽しみながら、自分の得意のスピードを生かしたプレーをできれば」と語る。

 19日、吉田選手からLINEで第一報を受けた母親の美智子さん(52)は「本当に感無量です」と感激を隠さない。父親の幸夫さん(56)と一緒にスイミングスクールまで送迎したことを振り返りながら、「自分の信じた道を、諦めずに、自分できることを続けてきた。いつか夢が叶うといいなと思っていました」と話した。

 長浜北星高水球部出身者(旧長浜商工含む)の五輪代表選出は、吉田選手の恩師でもある藤田悦司さん(59)のロサンゼルス五輪出場以来、37年ぶりの快挙となる。藤田さんは吉田選手について「高校時代から超一流プレーヤー。運動神経もよく、真面目」と評し、「昨日、電話をいれたところ、『(決まると思っていたが)ほっとした』と、話していた。オリンピックでは得意とする泳力、強肩を生かし、まずは1勝、上位進出を狙ってほしい」とエールを送っている。

 長浜市からの五輪代表選出に藤井勇治市長も「日本代表入りおめでとうございます。日ごろの成果を遺憾なく発揮いただき、ご活躍されることを、全市民をあげて大いに期待します」とのコメントを寄せた。

 なお、東京五輪には男子12チーム、女子10チームが出場。いずれも2組に分かれて総当たりの1次リーグを実施し、各組の上位4チームが準々決勝に進む。

スイミングスクールの子ども達がエール

 吉田選手の五輪代表選出の報にエル・アテインスイミングスクール長浜で水球を練習する子ども達からは喜びの声が出た。浅井中1年の奥昇大君は「同じチーム、同じ中学出身の先輩がオリンピック代表に選ばれてすごく感動しました。オリンピックでも活躍してください」、長浜北中3年の上坂飛嘉君は「拓馬さんは、長浜に帰省した時は、いつも僕たちに水球を教えに来てくれます。憧れの先輩です。オリンピックでは、いっぱい得点を決めてください。日本が金メダルを獲って欲しいです」と、吉田選手の活躍に期待する。

 子ども達の喜びの声を受け、吉田選手は「小学生から持っていた夢を叶えた。みんなも好きで続ければ夢が叶う。一緒に頑張りましょう」と話している。

2021年5月19日

「てるちゃん会」 結成20年

大道芸サークルの先駆け、50〜90代が活躍

 神照まちづくりセンターを拠点に活動する大道芸サークル「てるちゃん会」は結成から20年を過ぎた。コロナ禍の影響で昨年以降、発表の機会がほとんどなくなったが、会員が定期的に集い、コロナ後の公演を目指して練習に励んでいる。

 大道芸の生涯学習講座を受講した仲間が意気投合して2000年に結成した。神照公民館(現・神照まちづくりセンター)を活動拠点としていたことから「てるちゃん会」と名付けた。今こそ大道芸サークルが各地で活動しているが、当時は県内2番目の結成。代表の廣田滋さん(76)=十里町=は「大道芸サークルの先駆けとして活動し、大道芸を地域に広めた」と自負している。

 会員は50〜90代の17人。自治体主催のイベントをはじめ、地域の子ども会、納涼祭、敬老会、学童保育、老人福祉施設など、湖北地域を中心に県内一円に出向き大道芸を披露している。

 「アさて  アさて  アさて  さて…、さては南京玉すだれ♪」—。色鮮やかな衣装に身を包み、お決まりの口上に合わせて、すだれを釣り竿や魚、万国旗などの形に変幻自在に操る。大道芸で最もメジャーな演目「南京玉すだれ」は、てるちゃん会の公演の締めくくりを飾る。このほか、手品、腹話術、皿回し、バルーンアートなどを披露している。

 多い年では年間100回に迫る公演があったが、近年は40回前後で推移している。結成から20年の節目を迎えた昨年はコロナ禍でキャンセルが相次ぎ、出番は2回にとどまった。記念式典も見送ることとなったが、「お世話になった神照まちづくりセンターに」と、先日、ベンチ1台を寄贈した。今年も公演依頼が入っているものの、無事に公演できるのかは未知数だ。それでも毎月第3火曜にセンターに集い、練習を重ねている。

 「楽しかったよ」「また来てね」—。公演先での一言が会員の喜びとなっている。会員の減少と高齢化という課題を抱えるが、廣田さんは「今後も新しい技を取り入れてレパートリーを増やし、新しいメンバーも募って、アットホームな雰囲気でてるちゃん会を継続したい」と語り、最年長の大浜珪子さん(90)=大浜町=は「100歳まで現役で頑張ります」と張り切っている。

 てるちゃん会への問い合わせは神照まちづくりセンター℡(62)0265へ。

2021年5月19日

どうなる?お産 ⑦-⑧

⑦産科医は「4K」?過酷な現場で働く医師に感謝

 全国的に、産科・産婦人科は減っている。過去25年間、医師総数が増える中で産婦人科医は微減していた。(表参照)。

 施設の集約で一病院当たりの勤務医は増え、昔よりも医師の環境は改善されつつある。しかし、働き方改革のためには依然として、人手は足りない。近年、女性医師が職場の半数を占めることによる同僚の当直負担の問題などはより顕在化してきている。

 この問題について尋ねると、医療関係者はみな「大野病院事件」を挙げる。

 帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した福島県立病院の産婦人科医が業務上過失致死罪で2006年に起訴された。判決は無罪だったが、事件を機に産科の志望者が激減した。

 産婦人科医の訴訟(民事)リスクは高い。

 裁判所の資料(16年)によると、診療科別の医師1千人当たり訴訟件数は産婦人科医4・8件で、形成外科に次いで2番目に多い。

 元公立病院事務部長の幸地東さんは「患者と医師の情報の非対称性に問題がある」という。

 がんの手術で成功率90%と聞けば、みな大丈夫だろうと思う。この時、医師は「10人のうち1人は亡くなる」と伝えているのだが、術後に患者が亡くなれば、遺族は「何か間違いがあったのでは」と思ってしまう。

 幸地さんは「医師が必要と考えた医療行為で刑事訴追されてしまった。みな、新しい命が生まれてくることに敬意を持っていて軽々扱っているわけではない。逮捕の可能性があるとなって、気持ちが折れてしまった」と言う。

 事件後、医師が少ない病院での分娩取りやめが相次ぎ、大病院への集約が急速に進んだ。

 加えて、分娩は昼夜を問わない。産婦人科医は週当たりの勤務時間、当直回数共に一番多い(19年、日本産婦人科医会=表参照)。

 一方で、「出産が減り、成長が見込めない分野」(幸地さん)でもある。

 19年の出生数は、1899年の調査開始以来最少の86万5239人。お客さんは減る一方なのだから、診療所が次々と閉院し、新規開業がないのも納得できる。

 日本産科婦人科学会のホームページにも「『きつい』『きびしい』『きたない』といった3Kの診療科とされてきた」とある。近年では「きけん」も加え「4K」だそうだ。そんな中でも産科医になってくれた医師たちに感謝したい。

 でも、私にとって特別な「お産」がそんな風に思われているなんて、悲しいなと思ってしまったのも本音だ。

(5月13日掲載)

 

⑧安全第一、「より良いお産」を整えて

 医師不足と働き方改革。お産のできる施設の集約は仕方ない。でも、どうしても気になることがある。

 帝王切開率の上昇だ(表参照)。都道府県別でも、非常に高い地域がある。

 特に「予定帝王切開率」(施術日を事前に決める帝王切開)は、分娩担当医師数や新生児集中治療室(NICU)の病床数が少ない県、診療所での分娩が多い県で高い傾向にあった。

 帝王切開率は、訴訟リスク回避や、出産までの予定が立てやすいことから、世界的に増えている。

 世界保健機関(WHO)は、理想的な帝王切開率を10〜15%としている。自然なお産に比べ、手術や麻酔に伴う危険があり、次の妊娠にも影響するためだ。

 お産ができる施設が減る中で、望まない分娩誘発(陣痛促進剤の使用など)や予定帝王切開が、私の町でも増えていないか。

 「遠くから来る妊婦が予定を立てやすい」「空きベッド調整」「集中する分娩を少ない医師でこなす」「医師の勤怠管理」

 そんな理由で増えていないか。疑問をぶつけると、県の担当者は言った。

 「あなたは出産に何を求めているの?安全ではないのですか?」

 私は答えに詰まった。

 確かに国の調査(2019年)によると、全国で妊産婦29人、新生児755人が亡くなっている。母子がともに安全に産後を過ごせることが最善のケアだ。

 それはわかっているのに、モヤモヤしてしまう。妊娠した時、私は医療者にお任せの「分娩」は嫌だと思った。自分の力で新しい命を生み出す「お産」がしたかった。

 県によると、助産所や自宅での出産は18年で46人、19年62人。最近はコロナ禍で、病院が立ち会い出産や面会を中止しているため、お産を扱う助産師への問い合わせが増えているという。母体管理が順調なら、病院以外を選ぶ妊婦もいる。

 一方、日本では1割ほどだが、合併症のリスクがあっても「無痛分娩」を利用する人もいる。

 女性は「安全」だけで産む場所を選んでいない。

 終末期のビジョン「地域包括ケアシステム」には、かかりつけ医や病院、ケアマネジャーが個人に寄り添う「より良い死」を整えてくれる。

 しかし周産期は、妊娠、出産、子育てそれぞれの支援に連続性がなく、県の示すビジョンもない。

 私は「より良いお産(周産期)」も考えてくれたら良いのに、と思う。

堀江昌史

(5月19日掲載)

2021年5月14日

自立に向け、奮闘する若者達に支援を

不登校経験者が運営「ココカフェ心風流」

 「不登校経験者が自立に向け、奮闘している店を応援して」—コロナ禍で苦境に立たされている余呉町菅並の飲食店「ココカフェ心風流(シンプル)」が13日から、クラウドファンディング(クラファン)による資金調達を始めた。

 同店は不登校の寄宿自立支援施設「ウォームアップスクールここから」(同町上丹生)を運営するNPOが「卒業生が社会に出る前のステップになるような場を」と古民家をセルフリノベーションし、昨年4月、オープンさせた。

 同施設の卒業生ら6人のスタッフは土日、地元の鹿肉を使ったジビエ料理やハンバーグなどのランチメニュー、コーヒーやスイーツを提供。丁寧な接客と自慢の料理が評判を呼び、順調に滑り出したかに思えた。

 ところが、開店直後、コロナにより、2カ月間、休業を余儀なくされた。再開するも今度は大雪に見舞われ、客足も遠のくように。また、運営母体の施設もコロナ禍で寄宿生活ができず、二重の打撃に。

 スタッフの若者たちにはアルバイト代を支給する予定だったが、思うような収益を上げられず、満足に払えていない。ひたむきに頑張っている若者達。理事長の唐子恵子さんは「せめて、こづかい程度でも」とクラファンで支援を求めることに。

 目標額は100万円。返礼品はドリンク、デザート、ランチ提供券など。期間は6月15日まで。集まった資金はスタッフの給料や除雪機の購入、運営費などに充当する。唐子さんは「自立に向け、歩み始めている若者達のために力を貸してほしい」と呼びかけている。

 クラファンは「キャンプファイヤー」サイト参照(https://bit.ly/3yExycJ)。問い合わせはシンプル℡080(2434)3458。

2021年5月13日

いも観音さん、一堂に

クラファンで脚光、高月の資料館で展示

 インターネットのクラウドファンディング(資金調達、クラファン)で目標額の約3倍の支援を集めた安念寺観音堂(木之本町黒田)の修復プロジェクト。観音堂に安置されている通称「いも観音さん」全10躯が高月観音の里歴史民俗資料館で展示されることになった。堂外の全躯公開は初。

 言い伝えによると、ホトケ様を安置する天台宗の安念寺は神亀3年(726)開基。大化の改新で知られる藤原鎌足に縁がある人物が興したとされ、藤原一族はこの地にとどまり、藤田姓を名乗り、約1300年間、この寺を守ってきた。

 信長の焼き討ち(1571)と賤ヶ岳合戦の放火(1583)により、2度、焼失したが、村人たちが御堂から木造菩薩形立像(高さ約150㌢)を搬出。境内に隠す場所が無かったため、田畑に埋めて、守り抜いた、とされる。

 戦禍を乗り越えたホトケ様は手足を失い、顔も判別できないほどの姿となったが、村人達は土中に埋められていたホトケ様を掘り出し、近くの余呉川で泥土を洗い清め、仮堂に安置。イモ洗いのように洗い清めたことから村人は「いも観音」と呼ぶようになり、、皮膚病を治す「身代わり観音」として信仰している。

 また、昭和初期には「夏、子ども達が余呉川に浮かべ、洗いながら、水遊びをしていた」「農繁期、畦に運び子どもの守り(遊び相手)をしてもらっていた」など地域と親密な関係を持っていた、という逸話も残る。

 同館は「観音堂の安置時とは赴きがまったく異なるお姿。普段、見られない背面の写真なども展示しているので、必見の価値がある」と話している。

 クラファンは200万円を目標に、昨年8月13日から10月31日まで行われ、342人から556万9220円(278%)の支援金が寄せられた。いも観音さんは観音堂の改修に合わせ、同館に預けられたことから、公開。午前9時から午後5時、7月5日まで。火曜休館。入館料は一般300円。

2021年5月12日

獣害、耕作放棄地を解消

余呉でショウガの実証栽培開始

 中山間地が多い余呉や西浅井で、新たな特産品作りとして獣害に強いショウガの実証栽培が行われている。

 ショウガは根茎が食べられる多年生の植物。辛味と香り成分が含まれ、欧米では「ジンジャー」として炭酸飲料や料理に多用されているほか、体を温め、免疫機能を高める効果があるので、風邪予防などに用いられる場合もある。

 また、栽培する上で、サルやイノシシ、シカなどがショウガ特有のにおいを嫌うため、獣害に強いことがわかっており、中山間地での栽培に適している。

 長浜市とJAは近年、健康食品として需要が高く、収益が多いショウガの栽培を市内で普及させようと、獣害や過疎化による耕作放棄地が多くある余呉地域で実証栽培を行うことに。

 委託を受けた余呉地域づくり協議会は昨年、8軒の農家に呼びかけ、遊休農地など5㌃で栽培したところ、獣害を受けることなく、栽培地として有名な高知や千葉に匹敵する単位面積当たりの収量を得ることができた。

 今年は同地域内の11軒が6.1㌃で栽培しているほか、西浅井地域でも2軒の農家が挑戦。10月後半には収穫、出荷できる見通し。

 ただ、問題なのは出荷時の手間。土を落とす作業に時間がかかるため、洗浄の機械化が不可欠。同地域づくり協議会は▽出荷体制の整備▽地域内の定着と地域外を含めた広域的な取り組み▽JAを核とした安定的な出荷・販売の流れの確立▽誰でも参加でき、一定の収益が確保できるような体制づくりが必要としている。

 余呉地域には遊休農地が約13㌶あり、獣害による農作物の被害は約90万円。獣害により栽培意欲が薄れ、耕作放棄地になっているケースも。新たな特産品作りとして、ショウガのほか、赤ジソやエゴマ、バジルなど獣害に強い作物作りも進めている。

2021年5月11日

江戸時代の古民家で民泊とカフェ

セカンドライフ  自由を満喫 川北さん、宮司町に週末移住

 セカンドライフを自由に生きてみたい—と古民家を購入し、カフェや民泊運営を楽しんでいる男性がいる。愛知県日進市でサラリーマン生活を送ってきた川北登志雄さん(63)は定年退職を機に、長浜市宮司町の古民家で「古民カフェ&Innオハナ」を経営しながら「週末移住」を満喫している。

 古民家は文政11年(1828)以前に建てられ、茅葺き平屋の主屋と、2階建ての土蔵からなる。主屋は土間にテーブルを置いてカフェとし、8人程が座れるスペースだが、最大で土間2間、畳の1間に広げられる。

 主屋の手前にある土蔵は最小限の改装にとどめ、できる限り土蔵そのままの雰囲気を残した。バスルームは外付けした。江戸時代の土蔵に泊まれるとあって観光客から人気を呼び、今年のゴールデンウイークも予約が相次いだ。

 運営する川北さんは自動車メーカーに勤務していた50代から、定年退職後に田舎での「古民家カフェ」の開店を目指し準備を進めてきた。「ずっとサラリーマン生活を送ってきたので、定年退職後には田舎で、1人で自由に何かをやろうと思っていた」と振り返る。

 愛知からのアクセスが便利で歴史のある滋賀県で古民家を探していたところ、宮司町の古民家に行き着いた。2014年に購入し、週末に訪れては壁の塗り替えや建具の制作など建物の改修を少しずつ進めてきた。

 当初は週末のみ土蔵でカフェを経営していたが、民泊新法の施行を機に土蔵を宿泊施設に改装し、カフェを主屋に移した。カフェの営業時間は「無理のない範囲で」と、金曜・土曜の午後3時から3時間にとどめる。民泊は予約に応じて運営している。

 「これまでのサラリーマン生活とまったく違う人生は楽しい。何にも束縛されず自由にさせてもらっている」と語り、週末のみ長浜で過ごす「週末移住」のスタイルに「住む場所を日によって選べる。安い物件を見つければ、普通のサラリーマンでもできる」と勧める。

 今後はカフェをレンタルスペースとしても活用したい考えで「料理教室やギャラリー、落語、集客イベントなど、地域のコミュニティ拠点として使用してもらえれば」と話している。問い合わせは川北さん℡090(7114)4041へ。宿泊は民泊予約サイト「Airbnb」(https://www.airbnb.jp/)から。

2021年5月10日

ハイテク駆使した観光いちご園

ビニールハウスで太陽光発電

 米原市世継でビニールハウス上にソーラーパネルを設置するなど、ハイテク農業を実践している観光イチゴ園が今シーズンから営業を開始。先進的な試みが注目を浴びている。

 園は2月、同市顔戸で建築業を営む匠堂合同会社がオープンさせた。当初は地元自治会が所有している約9000平方㍍の遊休地を借り、太陽光発電をする計画だった。しかし、北村卓造社長(44)は「ありきたりのソーラーシステムでは面白くない」と、ビニールハウスの屋根を活用したイチゴ栽培をしようと考えた。

 建築士や電気工事士の資格を持つ北村さんはソーラーパネルを積載でき、風雪に耐えられるようなアルミ建材によるハウス4棟(約4000平方㍍)を建設。「ベンチアップ」と呼ばれる高床式で、イチゴを栽培することに。

 屋根の両側にパネルを設置したことによる日照不足を補うため、LED照明を設置。光合成を促進させる二酸化炭素を苗に局所的に当てるチューブを高床に這わせた。

 現在、2棟のハウスで紅ほっぺや章姫など6種、約1万本を栽培しているが、室温やCO2、液肥などは電子制御で集中管理しているので、省力化につながっている。また、ソーラーシステムで作られた最大320㌔㍗は売電している。

 イチゴ狩りに訪れた観光客からは「色形も良く、甘い」と好評。LEDを完備しているため、ナイター営業もできるというメリットも。北村社長は「ソーラーシェアリングをしたイチゴ園は全国的にも珍しいのでは。将来的には合理的な農業、6次産業化の促進で県の産業振興につなげ、日本の食糧受給率を上げたい」と話している。

 なお、「七夕いちご園」は6月末まで開園。現在、カフェを建設中。問い合わせは北村社長℡090(5050)1093へ。

2021年5月7日

医療従事者に栄養ドリンクを

「フードバンクながはま」が提供求む

 「感謝の気持ちとパワーを形にして届けたい」—市民ボランティア「フードバンクながはま」は医療従事者に差し入れする栄養ドリンクの寄付を呼びかけている。

 代表の村山さおりさん(48)とメンバーの前田智博さん(28)は数年前から独自に余剰食品廃棄の解消と生活困窮者(児)の援助を兼ねたフードドライブや子ども食堂などを展開。「人と人のつながりをさらに広げたい」との思いから、2018年2月、市民グループを発足し、貧困学生らの弁当支援や炊き出しなどを行ってきた。

 2人は活動を行う上で必要な食材を市民や関係機関の協力により集めたが、その中で自家消費しきれない栄養ドリンクの提供が目立つことに気がついた。

 コロナ禍により、現在、大阪、東京などに3度目の緊急事態宣言が発令され、滋賀県でも第4波が襲来。医療崩壊や医師、看護師不足の激務などがメディアで報じられている。2人は「医療現場を支えることはできないが、感謝の気持ちを形にして届けたい」とドリンクの差し入れを思いついた。

 対象は賞味期限が1カ月以上あるもの。バラでも可。募金の場合はドリンクを購入する。食品の提供も募集中。受付は5月の毎週土曜、午前11時半から午後2時。さざなみタウン調理室。回収したドリンクは市内の医療従事者に届ける予定。問い合わせは村山さん℡090(4038)8899へ。