大空を夢見て試行錯誤か
江戸時代に科学者としても活躍した国友村(長浜市国友町)出身の鉄砲鍛冶、国友一貫斎(1778〜1840年)が描いた飛行機設計図「大鳥秘術」の詳細図が見つかった。「国友一貫斎家資料」を調査していた市が詳細図を確認したことを発表した。
一貫斎が考案した飛行機は中に人が乗り込み、人力で翼を動かす構造。一貫斎は江戸を訪れた際に西洋から持ち込まれた書物や道具にふれ、日本初の反射望遠鏡などを制作している。「阿鼻機流」はラテン語で小鳥を意味する「アヴィクラ」が語源と推測され、西洋の影響がうかがわれる。
市は昨年度から2年計画で「国友一貫斎家文書」(市指定文化財)684点の再調査を実施しており、その過程で新たな資料197点を発見し、詳細図が確認された。
詳細図は縦24・3㌢、横16・8㌢の冊子。翼や機体の構造、材料について10ページにわたって記録している。ヒノキ材で作った機体をなめし皮で包むなどの作り方を解説しており、一貫斎が実際に鳥型飛行機を制作しようと考えていたことがうかがえる。
国立科学博物館産業技術史資料情報センター長の鈴木一義氏は「この図面にある飛行機が実際に飛べたかは疑問だが、そうした試行錯誤は科学技術の発展に欠かせない。西洋では空飛ぶ機械の始まりとして、レオナル・ド・ダビンチが羽ばたきコウモリ型飛行機の図を残しているが、一貫斎の鳥型飛行機も同様の視点で描かれており、航空史上、非常に貴重な資料といえる」とコメントしている。