③医療政策を決めるのは県だった。自分の町だけ見ていちゃだめなんだ
分娩中止を発表した市立長浜病院と長浜市。話を聞くと、両者とも「残念だがどうしようもない」と同じ回答だった。
湖北の医療構想をまとめる長浜保健所に行くと、担当者が日本の医療政策のプロセスを丁寧に教えてくれた。
日本の医療政策は中央と地方にまたがって構成されている。診療報酬額の決定、医師資格といった医療専門職の資格付与などは国が担う。
一方、医療資源の配分や医療提供体制の調整は、多くの権限が都道府県に与えられている。都道府県は、人口や面積を勘案した上で2次医療圈(※図参照)を設定する。
設定した医療圏ごとに、地理的条件や交通環境、高齢者が多い、働く世代が多いなど、住民ニーズの特性を反映した医療資源配分や財政措置を検討し「地域医療構想」を立てる。
滋賀県では2次医療圏を保健所のある7つのブロック(大津、湖南、甲賀、東近江、湖東、湖北、湖西)に設定している。このブロックを基準に、医師の偏在を大学の医局と交渉したり、病院の再編計画を進めたりといった、医療資源の配分を進めている。
市町村の主な役割は、予防接種や健康診断を呼びかけるといった医療サービスとなる。
では、長浜病院の産婦人科の医師引き上げは、県や保健所の計画なのか。保健所の担当者は「医師の引き上げには関与していない。しかし、医師の働き方改革の実現に向けた動きとは言える」と言う。
「医師の働き方改革」とは、長時間勤務が常態化している医師の労働衛生環境を整えようと厚生労働省を中心に検討が進んでいる国全体の政策で、2024年4月施行を目指している。それが地域医療に及ぼす影響は「2024年問題」とも言われ、現場で大きな話題になっていたらしい。
恥ずかしながら、そんなことはこの身に及ぶまで実感がなかった。働き方改革は必要だ。確かに、これまでが恵まれすぎていたのかも…。それでも、医療体制の収縮を目の当たりにすると、不安がこみ上げた。
(4月7日掲載)
④医師の過酷な勤務 頼りすぎを反省
分娩中止が相次ぐ産婦人科事情を調べていたら、医師の働き方改革における「2024年問題」に行き着いた。
医師の働き方改革とは?年問題が地域医療に及ぼす影響とはなんだろう。18年3月28日付の厚生労働省「医師の働き方改革検討部会」の資料を読んだ。
「医療は、医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられ」「『自殺や死を毎週又は毎日考える』医師の割合が3・6%との調査もある」「女性医師の割合が上昇し(中略)、育児等を行いながら就業を継続したり、復職したりできる環境を整え(中略)なければ、多様な人材の確保が困難となる」などとある。
至極当然のことばかり。「医師の自己犠牲的な長時間労働により成り立っていた」という事実に申し訳ない気持ちになった。現状では多くの病院で年1860時間超勤務する医師がおり、中には年3千時間を超える時間外労働をこなす医師もいるという。
働き方改革では、24年までに時間外労働を960時間、または1860時間以内(例外あり)とし、次の勤務まで9時間、当直後は18時間空けるという制限をつけ、医師の労働環境を守ろうという計画だ。
実施されると、具体的にどんな影響があるのか。湖北地域の医療構想を管轄する長浜保健所の担当者が説明してくれた。「現在、勤務医の多くは午前9時までに出勤し、当直後は翌日夕方まで働いている。24年以降は、当直後は翌日昼までとなり、当直明け日勤の医師が不足する。医師1人の診療科なら、当直翌日は科を開けない」。
分娩は朝夜を選ばない。急患もある。何人もの分娩を扱い、当直翌日の夕方まで外来に対応している産婦人科医の現状は、過酷すぎたのだとわかる。
滋賀医科大が長浜病院に派遣していた産科医を引き上げる理由について、保健所の担当者はこう話した。「働き方改革に向けて医療資源の集約化が求められている。近くの長浜赤十字病院は、県の地域周産期母子医療センターに指定されている。滋賀医科大にすれば、湖北の産科医療は長浜赤十字に任せ、産婦人科医という限られた医療資源を、他に分配したいと考えたのかもしれない」。
長浜保健所が管轄する湖北医療圏では、19年に「湖北圏域地域医療構想調整会議」がスタートしている。医療機関と市が県の方針に沿って医療構想の調整を図る会議で、機能分化と連携強化を話し合っている。どうやらこの会議が、今回の問題の核心のようだ。
堀江昌史
(4月16日掲載)