2026年7月10日

【湖北史記 其の50 】羽柴秀長と田上山城

 2026年のNHK大河ドラマが「豊臣兄弟!」に決まった。少々気が早いかもしれないが、主人公となる秀吉の弟・秀長(長浜時代は長秀と言った)と湖北の関わりを数回に分けて紹介してみよう。まずは、賤ヶ岳合戦時の秀長の本陣である田上山城(たがみやまじょう)から。その城は、長浜市木之本町木之本・黒田にまたがり、黒田集落の西側にそびえる尾根上に展開する。木之本の鎮守である意冨布良(おおふら)神社から地蔵山を登って40分ほどの地にある。

 賤ヶ岳合戦は天正11年(1583)の4月20・21日に羽柴秀吉と、柴田勝家が信長亡き後の織田家の主導権をめぐって争った合戦だ。秀吉が美濃大返しや七本鑓の活躍などで勝利したことは有名である。この合戦、あまり知られていないが籠城戦であった。合戦当日の一カ月あまり前から、両軍は木之本の宿場から、柳ヶ瀬の山中まで、陣城(じんしろ)と言われる戦闘用の城郭を築いて睨(にら)みあっていた。その数は主なものだけでも10を越える。その中、秀吉方の指令所が置かれたのが田上山城で、その城主は秀長であった。

 城跡は土木工事の跡が非常によく残る。324㍍の頂上に主郭(しゅかく)をおき、その南北にも土塁と堀切(ほりきり)で囲われた曲輪が残る。東に延びる尾根にも曲輪が続き、北側に配された主郭から続く土塁は、この城が北側の敵、すなわち柴田軍に向け造成されたことがよく分かる。北側の曲輪の入口(虎口(こぐち))の前には、侵入を遮蔽(しゃへい)するように「かざし土塁」が築かれ、いわゆる「馬出(うまだし)」を構築している。実に城郭構造として高度なテクニックだ。

 秀長はこの城砦に籠り、長浜城や木之本本陣にいる秀吉からの指示を、前線の大岩山城にあった中川清秀、岩﨑山城の高山右近、堂木(どうぎ)山城の山路将監(しょうげん)、東野山城の堀秀政らの武将に伝達し、全軍を統括した。そして、北国街道沿いの余呉小中学校付近には、堀と土塁を築かせて柴田軍の南進を防いでいた。

 秀吉から秀長への指示は、4月3日付けの朱印状が有名で具体的である。相手が手を出すまで、足軽に至るまで兵を動かすことは厳禁であること、長期戦に持ちこめば必ず相手が痺(しび)れを切らすが、その時が決戦の時であること、秀吉は播磨へ毛利氏を牽制(けんせい)するため出陣するつもりであること、などが記される。最後の播磨出陣は実現しなかったが、柴田軍の動きを誘発させる戦略であったようだ。

 実際、秀吉の言うように、柴田軍は一カ月余りの対陣に我慢できず、大岩山の中川清秀を奇襲した。これが、逆に全軍混乱を招き敗退する。その合戦を左右した前線基地として、秀長の田上山城は重要な城であった。

田上山城

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年4月3日掲載)

2026年7月10日

【湖北史記 其の49 】遠州流茶道を中興した辻宗範

 前回は小堀遠州の出生地の話だったが、長浜市国友町にも遠州ゆかりの文人がいる。坂田郡国友村(国友町)に生まれた辻宗範(そうはん)だ。その名は、中絶しかかっていた遠州流茶道の流儀一切を後世に伝えたことで知られる。彼は小室藩(小室町に陣屋があった)茶頭(さどう)であった冨岡友喜(ゆうき)から遠州流茶道を習い、その奥義を習得していた。

 天明8年(1788)に遠州を祖とする小室藩が廃藩になり、その流儀は途切れかけていたが、文化7年(1810)に至り小堀家第8世となった宗中(そうちゅう)に遠州流を伝授した。師匠の家に流儀を再伝授した形となったので「返し伝授」と言う。小堀遠州が創始した遠州流茶道は、この伝授がなければ現在に伝わっていなかったと見られ、宗範は現在まで伝わる遠州流茶道を中興した立役者と言える。

 その生涯と業績は、史料が乏しく謎に包まれている。尾張藩への仕官の話もあったと伝えるが、事実と確定する史料は見つかっていない。一方で、「千宗範」と名乗った時期もあり、裏千家とも関わりがあったようである。尾張藩御用窯(ごようがま)の御深井焼(おふけやき)の布泉形手水鉢(ふせんがたちょうずばち)写の水指(みずさし)が残存するが、その箱書は宗範である。また、眼の治療院として名高かった旧尾張国内の明眼院(みょうげんいん。愛知県海部(あま)郡大治(おおはる)町)に、宗範が授与した茶杓(ちゃしゃく)が残っているのも、尾張藩との関係を示すものかもしれない。現存する書跡には、尾張に知人がいたことが知られる作品もある。

 文政6年(1823)、妻が死去した66歳頃からは、外遊をやめ国友村に住居するようになったと言われる。確かに、国友町など北近江に残る宗範の書は晩年の作ばかりである。天保11年(1840)に83歳で死去した。

 宗範の痕跡は、その遠州流の書以外少ないが、坂田郡長岡村(米原市長岡)の庄屋田中家にあった「旧田中家新座敷(しんざしき)」は、天保8年(1837)4月の「辻宗範先生指図(さしず)」がともなう宗範指導の茶室として知られる。もともとは集落内にあったが、平成29年に近くの西福寺に移転し、米原市指定文化財となっている。「八十二翁 辻宗範」と落款(らっかん)がある茶室の扁額(へんがく)「燕窓窠(えんそうか)」が見つかっており、そこに記された年齢から、死去の前年の建造と考えられている。

 田中家の迎賓館として利用され、内部には四畳半の茶室があり、客座の中央に躙口(にじりぐち)を配し、その上に連子窓(れんじまど)と下地窓(したじまど)を重ねるとう遠州好みの構造となっている。井伊直弼は領内巡回のため、嘉永7年(1854)に長岡で宿泊しており、直弼やその側近である長野主膳(しゅぜん)も使用した可能性が指摘されている。湖北の江戸文化の粋(すい)として大切にしたい。

辻宗範歌碑(国友町)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年3月19日掲載)

2026年7月10日

旧高月中跡地、売却・貸付へ

13年越し活用へ一歩、民間提案募集

 長浜市は10日、長年活用が課題となっていた旧高月中学校跡地(高月町高月)の利活用に向け、公募型プロポーザル方式による事業提案の募集を始めた。売却、貸し付け、またはその両方を対象とし、地域活性化につながる民間事業を広く募る。2013年の学校移転から約13年。JR高月駅から約350㍍、国道8号にも近い好立地の大型市有地が、いよいよ新たな活用に向けて動き出す。

 対象地の広さは2万4131平方㍍。最低売却価格は3億1857万円、最低貸付価格(年額)は1338万円に設定した。事業提案は売却、貸し付けのいずれも可能で、市有地に隣接する個人所有地を含めた一体的な活用提案も受け付ける。

 募集は9月25日まで。参加申し込み後、10月9日から23日まで企画提案書を受け付け、提案内容や事業実績、実現性などを総合評価して優先交渉権者を選定する。

 評価では、地域活性化や雇用創出への効果、地域との協調性、景観や生活環境への配慮に加え、財務状況や事業の継続性などを重視。市は売却を基本方針としており、全売却を希望する提案には加点する。

 跡地はJR高月駅に近い広大な市有地として期待されながら、地中に埋設された石炭殻や、未相続地の存在など複数の課題があり、活用は長年停滞してきた。

 市は石炭殻を建設資材として再利用するなど課題解決を進めるとともに、未相続地の所有権移転も完了。さらに昨年には民間事業者48社を対象にサウンディング型市場調査を実施し、住宅、工業、商業など幅広い活用の可能性を探ってきた。

 調査では、駅や小学校に近い立地を生かした住宅地や、工場・物流施設、商業機能を組み合わせた複合開発など多様な提案が寄せられた一方、建設費高騰や金利上昇を踏まえ、売却だけでなく貸し付けも可能とする柔軟な公募を求める意見も出されていた。

 こうした市場調査の結果を踏まえ、市は用途を限定せず地域活性化につながる提案を募る方針を決定。長年の懸案だった旧高月中学校跡地は、民間活力による新たな土地利用に向けた本格的なスタートを切る。

2026年7月10日

金賞は「さぁ、こい!」

長浜曳山まつりフォトコンテスト

 今春の長浜曳山まつりをテーマにしたフォトコンテストの入賞者が決まった。

 長浜曳山祭フォトコンテスト実行委員会(漣泰寿会長)がインターネット上に開設した「長浜曳山まつりフォトサイト」で写真とコメントを募集し、56人から322点の応募があった。審査の結果、金賞1点、銀賞5点、特別賞7点、銅賞5点の計18点を選んだ。

 最優秀の金賞には、新栄町の会社員、清水康雄さん(63)の「さぁ、こい!」が選ばれた。まつりを前に役者の健康や本日の晴天を祈願して若衆が長浜八幡宮を参拝する「裸参り」の一場面を写した作品で、「『さぁ、こい!』のタイトルには、その勇ましい姿と、まつりを守り抜こうとする地域の方々の熱い祈りの声を重ねました」とコメントを寄せている。

 特別賞の滋賀夕刊新聞社賞には、名古屋市の主婦、寺澤智恵さん(45)の「一緒にいけぬなら」が選ばれた。萬歳楼が演じた子ども歌舞伎「平家女護島 俊寛」での海女・千鳥の「少将さまと一緒に帰れぬのなら…私はここで死ぬ!」という場面を切り取り、「千鳥の哀しみを表現する一連の所作。思いが伝わってくる素晴らしいシーンでした」とメッセージを添えた。

 このほかの入賞者は次の皆さん。

 ▽銀賞=柴田昌德(室町)、寺尾幹男(草津市)、浦城一男(名古屋市)、遠藤秀隆(尊野町)、多喜信一(彦根市)▽特別賞=佐々木美佳(京都市)、中嶋伸恵(名古屋市)、北川雅也(公園町)、越田真保(神奈川県逗子市)、森篤志(米原市米原)、小八木淳司(西主計町)▽銅賞=中立喜広(京都府亀岡市)、高貝心之祐(元浜町)、竹内富巳子(名古屋市)、丸山富久(新三田町)、小倉恭平(大分市)。

 

金賞 清水康雄さんの作品「さぁ、こい!」

 

 

滋賀夕刊新聞社賞 寺澤智恵さんの作品「一緒にいけぬなら」

2026年7月10日

浅井西スポ少 初優勝引っ提げ龍馬旗へ

西日本の強豪に挑む

 湯田小グラウンドを拠点に活動する少年軟式野球チーム「浅井西スポーツ少年団」が、奥田工務店杯で初優勝を果たし、24日から高知県で開かれる第15回龍馬旗争奪西日本小学生野球大会に滋賀県代表として出場する。西日本各地の強豪が集う大舞台を前に、選手たちは「一つでも多く勝ちたい」と意気込んでいる。

 チームは6年生4人、5年生12人、4年生10人、3年生3人、2年生2人の計31人。土日に練習を重ね、「声を掛け合って勝利をつかむ」を合言葉に、つなぐ打撃と機動力を生かした野球に磨きをかけてきた。投手陣は継投で試合をつくり、堅い守りで勝利を目指す。

 2月の奥田工務店杯では5試合を勝ち抜き、初優勝。決勝の米原戦では2対0で勝利し、完封勝ちを収めたことがチームの自信につながっている。

 主将で1番・遊撃手の宮川臣都さんは「西日本大会でも0点に抑え、先制点を取って一つでも多く勝ちたい」と力を込める。

 4番・中堅手の梶田恵心さんは「長打も単打も打てる打者になりたい。守備でもファインプレーを見せたい」と話し、投手の田尻染空さんは「大会では全国のコントロールや配球の良いピッチャーを見て学び、良いところを盗みたい。0点に抑えてチームの勝利につなげたい」と意欲を見せる。

 6番を打ち、一塁手と左翼手を務める田部夏稀さんは「守備でも打撃でも活躍し、ランナーを進めるバッティングでチームに貢献したい」と全国大会での活躍を誓った。

 岩崎頌司コーチは「6年生は4人と少ないですが、真面目に練習に取り組み、着実に成長しています。守備力をさらに高め、無駄なエラーや四球を減らせれば上位進出も狙えると思います」と期待を寄せている。

 出場選手は次の皆さん。

 宮川臣都(湯田6)、梶田恵心(朝日6)、田尻染空(南郷里6)、田部夏稀(同)、澤村奏汰(浅井5)、若林也壱(湯田5)、上松暖(七郷5)、大西悠斗(湯田5)、有本慧己(長浜北5)、木下多央(南郷里5)、杉山晴哉(湯田5)、辻壮真(同)、藤森碧士(同)、中野俐翔(浅井5)、平田琳久(湯田5)。

◇   ◇

 浅井西スポーツ少年団の練習は土日・祝日の午前9時から午後4時まで湯田小グラウンドで実施。チームでは現在、新入団員を募集している。問い合わせは事務局・清水さん(☎090・5151・9369)へ。

 

 

 

2026年7月10日

新生「湖の誉」、山岡酒造が初の本格PR

大阪の和酒フェスに参加

 高月町西阿閉の山岡酒造は、11、12の両日に大阪市で開かれる関西最大級の日本酒イベント「第14回和酒フェス@大阪ベイタワー」に出展する。2023年に酒造りを再始動して以降、対外的に本格的なPRを行うのは初めて。新たなファンの獲得とブランドづくりにつなげる第一歩として、市場の反応を探る。

 山岡酒造は明治6年創業。一時は酒造りの継続が難しい状況となったが、2023年から新たなメンバーが加わり再始動した。現在も代表は山岡仁蔵さんが務め、大森英昭取締役と伊吹健取締役工場長らが酒造りの中心を担っている。

 会場では「湖の誉 純米吟醸」「湖の誉 特別純米」など3種を出品。試飲販売を通じて酒の魅力や蔵の歩みを来場者に伝える。

 伊吹工場長は「酒造りを始めてから大きくPRするのは初めて。不安と自信が半々です」と話す。新しい「湖の誉」は端麗辛口が主流の日本酒市場では珍しい甘口が特徴で、女性や若者を主なターゲットに据える。冷酒だけでなく、ロックやソーダ割りといった飲み方も提案し、日本酒に親しみの少ない層にも楽しんでもらいたい考えだ。

 「フェスをマーケティングとブランディングのきっかけにしたい。どんな反応があるのか楽しみでもあり、不安でもある。その声を今年の冬の酒造りに生かしたい」と、新たな挑戦への期待を語っている。

2026年7月10日

タクマが長浜市に100万円寄付

企業版ふるさと納税で歴史資産生かしたまちづくりへ

 環境・エネルギープラント事業を手がけるタクマ(本社・兵庫県尼崎市)は6日、企業版ふるさと納税制度を活用し、長浜市へ100万円を寄付した。市役所で贈呈式が開かれ、丸田元太環境本部副本部長・執行役員が浅見宣義市長に目録を贈呈した。寄付金は、小谷城戦国体験ミュージアムの整備をはじめ、地域資源を生かしたまちづくりや郷土愛を育む教育普及事業などに活用される予定。

 タクマは、ごみ焼却施設やバイオマス発電所などの設計・建設、運転管理を手掛ける企業で、湖北広域行政事務センターの新ごみ処理施設整備・運営事業の中核を担っている。

 贈呈式で丸田副本部長は「施設が所在する地域には小谷城跡や姉川古戦場など全国屈指の歴史資産がある」と話し、「地域の歴史文化を活用した持続的なまちづくりに役立てていただければ幸い」と期待を寄せた。

 浅見市長は「寄付に込められた思いを大切にし、長浜の歴史文化を次世代へ継承していきたい」と語った。また、ミュージアムの関連予算案が市議会で否決されたことにも触れ、「議会から示された施設機能や集客見込み、財政負担などに関する意見を真摯に受け止め、財政面を含めた検証や地域、関係者との対話を重ね、より良い事業となるよう検討を進めたい」と説明していた。

2026年7月9日

蔵で深呼吸、心ほどける時間

築100年超の古民家ヨガ人気 初心者からプロまで集う

 築100年を超える蔵に、鳥のさえずりやカエルの鳴き声が響く――。長浜市新庄馬場のヨガスタジオ「ヨガラヤ」には、初心者から現役インストラクターまで幅広い人が集い、自然に包まれながら心と体を整えている。湖北地域にヨガ文化を根付かせようと2012年に誕生したスタジオは、「体が硬い人こそ歓迎」と間口を広げ、遠くは福井県敦賀市からも受講者が訪れている。

 ヨガラヤは、代表の田中まどかさん(50)が「長浜で誰もが気軽にヨガを楽しめる場所をつくりたい」と開設した。当時の湖北地域には本格的なヨガスタジオがほとんどなく、ヨガを学ぶにはスポーツクラブに通うか、大阪や京都まで足を運ぶ必要があったという。

 スタジオ名は「ヨガ」と、サンスクリット語で「蔵」を意味する「アーラヤ」を組み合わせたもの。開設当初は自宅敷地内の築約80年の書院を活用し、その後、築100年を超える蔵をリノベーションして現在のスタジオを整えた。「今ある古いものを大切に生かしたい」との思いから、この場所でレッスンを続けている。

 庭を望む空間では、四季折々の自然を感じながらヨガを楽しめる。静かな環境にはカエルの鳴き声が響き、季節によってはホタルが舞うこともある。時にはタヌキやキツネが姿を見せるなど、自然に囲まれた空間も魅力の一つだ。

 現在は田中さんのほか、武田英里香さん(45)、加納佑紀さん(37)、相田絵里香さん(36)がインストラクターを務める。レッスンでは、ヨガが初めての人から現役インストラクターまで幅広いレベルの受講者に対応。「どんな人でも置いてきぼりにせず、誰もが楽しみながら何か一つ学んで帰ってもらえるクラスづくり」を大切にしている。

 受講者は40~50代が中心で、30代や60代も多い。チケット制を採用し、自分のペースで通えるのも特徴。基本は女性専用クラスだが、月4回ほど男女が一緒に参加できるクラスも設けており、東近江市や福井県敦賀市などから足を運ぶ人もいる。

 人気のレッスンは「ハタヨガ」と「エアシルクビギナー(空中ヨガ)」。生徒からは「整体やマッサージに通わなくなった」「イライラすることが減り、穏やかに過ごせるようになった」といった声が寄せられているという。

 地域との交流にも力を入れる。武田さんは子育て世代向けイベント「ママ・パパフェス」でヨガを指導し、地域にヨガの魅力を伝えている。 今後は、ゴルフに熱中している田中さんの発案で、「ヨガをすることでゴルフのスコアは向上するのか」をテーマにしたプログラムづくりも構想する。ヨガがプレーに与える効果を検証し、将来的な展開につなげたい考えだ。

 田中さんは「『私には無理』『体が硬いからできない』と思っている方こそ始めてほしい。体が硬い人ほど変化を実感しやすいです。ヨガは体だけでなく心も健康にしてくれますので、ぜひ気軽にお越しください」と呼びかけている。

2026年7月9日

びわ出身・林純司選手 世界へ挑戦

慶應義塾大3年「侍ジャパン」に選出

 びわ中学校出身で、慶應義塾大学3年の林純司選手(20)が、大学日本代表「侍ジャパン」に選出され、10日から台湾で開かれる「ワールド カレッジ ベースボール チャンピオンシップ」に出場する。東京六大学野球ベストナインに輝いた遊撃手へと成長した林選手は「支えてくださった方々への感謝を忘れず、自分らしいプレーで勝利に貢献したい」と、世界一への決意を新たにしている。

 びわ南小学校時代は「びわファイターズ」、びわ中学校時代は「湖北ボーイズ」でプレー。その後、兵庫県の強豪・報徳学園高校へ進学した。2023年春の選抜高校野球大会では準々決勝・東邦戦で本塁打を放つなど準優勝に貢献した。

 大学では正遊撃手としてレギュラーに定着。今春の東京六大学野球では堅実な守備と勝負強い打撃でリーグ優勝の原動力となり、遊撃手部門のベストナインを受賞した。続く全日本大学野球選手権では全5試合に出場し、14打数6安打、1本塁打、4打点を記録。チームを準優勝へ導き、自身も敢闘賞に輝くなど全国の大学球界屈指の遊撃手として評価を高め、大学日本代表入りを果たした。

 堅実な守備範囲の広さと勝負強い打撃を兼ね備えたプレーが持ち味。攻守にわたる安定した活躍が高く評価され、大学球界を代表する選手の一人として日の丸を背負うことになった。世界を相手にどんなプレーを見せるのか、地元からも大きな期待が寄せられている。

 代表入りについては「大学野球で掲げていた目標の一つだったので、選出された時は素直にうれしかったです。一方で、日本を代表して戦う責任感もあります」と喜びと決意を語る。

 野球人生の原点は、びわにある。「自然豊かで、のびのびスポーツができる環境と、温かく支えてくれた両親、小中学校の野球チームの指導者や地域の方々のおかげで、大好きな野球を続けることができました。今の自分の土台になっています」と、ふるさとへの感謝を口にした。

 中学時代は湖北ボーイズで、現在は福岡ソフトバンクホークスの前田悠伍投手とバッテリーを組んだ。「悠伍は当時から努力家で、尊敬しつつライバル意識を持って練習していました。努力を人に見せず、一人で黙々と取り組む姿が印象的でした」と当時を振り返る。「今はプロと大学でステージは違いますが、悠伍の活躍にはいつも刺激を受けています。同じ舞台で野球をやろうと話しているので、お互いに切磋琢磨しながら成長していきたい」と将来を見据えた。

 台湾での世界大会では「自分の一番の持ち味である守備でチームに勢いをもたらしたい。勝負強い打撃でも世界一に貢献し、自分の役割を全うしたい。その結果、優勝できれば一番うれしい」と語り、地元から寄せられるエールに「応援よろしくお願いします」と話している。

2026年7月8日

団体・個人10人インターハイ出場へ

長浜北高女子ソフトテニス、市長を表敬訪問

 長浜北高校女子ソフトテニス部が、6月5日から7日に開かれた滋賀県高校春季総合体育大会で4年ぶり4回目の団体優勝を果たし、個人の部でも優勝した。団体と個人3ペアがインターハイ出場権を獲得し、7日、長浜市役所を訪れて浅見宣義市長に県制覇を報告。全国大会でのさらなる飛躍を誓った。

 表敬訪問には、主将の保木結衣さん(3年)、杉江由依さん(3年)、長谷川愛浬さん(3年)、坂崎心雪さん(3年)、林七實さん(3年)、古坂ひなのさん(3年)、浅井優衣菜さん(2年)、吉川瑠華さん(2年)、太田瑠奈さん(2年)、桑原苺禾さん(1年)の10人と、顧問の保積孝宏さんが出席した。

 保木主将は「自分たちの代で目標だったインターハイ出場を果たすことができた。全国では積み上げてきたものを存分に発揮できるよう挑戦したい」と決意を表明。長谷川さんとペアを組んで個人優勝を果たした杉江さんも「持っている力を全て出し切り、一球一球全力で頑張りたい」と意気込みを語った。

 浅見市長は「団体優勝、個人優勝という素晴らしい成績は、日頃の厳しい練習の積み重ねと仲間を信じて戦い抜いたチームワークのたまもの。長浜から全力で応援しています」と激励した。

 団体戦は過去3回のインターハイでいずれも初戦を突破しているものの、2回戦の壁を越えられていない。今年はその壁を突破し、全国制覇を目標に掲げる。個人戦に出場する3ペアも、それぞれ上位進出を目指す。

 同校は国民スポーツ大会に向けた県の強化事業の一環として強化指定校に選定され、県内各地から有力選手が集う。この日訪れた部員も長浜、米原のほか、高島、守山、大津などから通学している。また、県立ドーム主催のソフトテニス教室で小学生を指導する「お兄さん、お姉さん先生」として活動するほか、小中高一般合同練習会や中学生部活動の地域展開でも指導に携わるなど、地域の競技力向上にも貢献している。

 インターハイは31日から福知山市で開かれる。

2026年7月8日

チアリーディングの全国大会で入賞

高宮小の米倉さん、市役所を表敬訪問

 チアリーディングの全国大会で入賞したチームに所属する彦根市立高宮小学校6年の米倉陽さん(11)が1日、市役所を表敬訪問。「これからも頑張りたい」と抱負を語った。

 米倉さんは、彦根出身の大村唯さん(29)がヘッドコーチを務める京都府向日市のチアリーディングチーム「ONE ACADEMY 京都」の小学生クラス「BLUE CATS」の一員。BLUE CATSは今年2月の関西大会で優勝し、3月28日の全国大会でベストインプレッション賞を受賞するなど入賞を果たした。

 米倉さんは園児の時から体操、小学1年からチアダンスをしてきた。以前からチアリーディングに関心があり、昨年8月にプロシードアリーナHIKОNEでONE ACADEMY 京都のメンバーたちが披露した技に感動。すぐに入部し、毎週2・3回のペースで京都まで通いながら練習している。

 全国大会ではメンバー16人の一人として出場。入賞という成績に「うれしい気持ち」と笑顔を見せながら「チアリーディングはとにかくおもしろく、みんなが笑顔で協力しながら取り組めるのがいい。中学生になっても練習を頑張りたい」と話した。

(滋賀彦根新聞)

2026年7月7日

初の発表会、21人が晴れ舞台

湖北に新体操の花咲く

 長浜市内で活動する「フルリール新体操クラブ」の第1回プチ演技発表会が5日、港町の臨湖で開かれた。創設から1年半で迎えた初めての舞台。幼児から小学生まで21人のクラブ生が、日頃の練習の成果を披露し、会場から温かな拍手を受けた。

 クラブは全日本新体操選手権大会に3年連続出場し、全日本インカレ総合3位の実績を持つ北川まゆさん(29)が昨年4月に創設。湖北地域に新体操クラブがなかったことから、その魅力を地域に広めようと、臨湖を拠点に毎週水、木曜日の夕方、幼児から小学生までを指導している。

 クラブ名の「Fleurir(フルリール)」はフランス語で「花が咲く」「花開く」の意味。「挑戦する心」「信じる力」「やり抜く力」「表現する楽しさ」を大切に掲げ、一人ひとりの個性を伸ばす指導を続けている。

 発表会ではリトル、チャイルド、ジュニアの各クラスが、リボンやボール、フープを使った演技を披露。子どもたちは緊張した表情を見せながらも、音楽に合わせて笑顔で伸び伸びと演技し、これまで積み重ねてきた練習の成果を発揮した。保護者らはカメラやスマートフォンを手に、子どもたちの晴れ舞台を夢中で写真や動画に収めていた。

 この日は北川さんも大学時代の仲間とともにエキシビション演技を披露。しなやかさと力強さを兼ね備えた演技に、会場から大きな拍手が送られた。

 北川さんは「クラブを始めて1年半ほどで、初めて全員がそろって舞台に立つことができました。それだけでも花丸です。ドキドキしながらも思い切って演技してくれたことが本当にうれしい」と笑顔を見せた。

 その上で「子どもたちは一人ひとりが力を持っています。その力を周りの大人が信じ、挑戦を続けられる環境をつくることが大切です。その手段が新体操であればうれしい」と話していた。

 

 

 

2026年7月6日

段ボール仲間の力作ずらり

ケンパパ呼び掛け「な・か・ま・展」

 段ボールアート作家「ケンパパ」こと佐藤健司さん(内保町)が呼び掛けた作品展「ケンパパプレゼンツ 第1回な・か・ま・展」が5日、さざなみタウン2階展示スペースで始まった。子どもから大人まで11人が制作した19点の作品が並び、自由な発想と手作りならではの温かみで来場者を楽しませている。

 佐藤さんは昨年1月、同施設で段ボール製の旧車を精巧に再現した個展を開催。その後、毎月開かれる子ども向けイベント「こどもDoまんなかひろば」で、自作の「ビー玉迷路タイムトライアル」コーナーを担当している。

 活動を続ける中、会場には「こんなん作ってきたで」と、自分で作った段ボール作品を持ち寄る子どもや家族、高校生や大人が次第に集まるようになった。どの作品も個性にあふれ、「弟子展を開いては」との声も上がったが、佐藤さんは「弟子というより仲間」との思いから、「な・か・ま・展」と名付けた。

 会場には、旧車や蒸気機関車、人気映画「スター・ウォーズ」のR2—D2、ビワマスなど、テーマも素材もさまざまな作品が並ぶ。

 中でも目を引くのが、段ボール箱の印刷を巧みに生かしたビワマス。カップ麺「どん兵衛」の段ボール箱に印刷された模様を魚のうろこに見立て、素材の特徴を生かした遊び心あふれる作品に仕上げた。

 佐藤さんは氷菓「ガリガリ君」を制作して出展。親しみのあるパッケージを巨大サイズで再現した。作品展の会期は18日まで。

 

 

 

 

2026年7月6日

映画愛、似顔絵に込めて

湖北まちセンで北川さんの作品展

 湖北まちづくりセンターで、元看板職人・北川勉さん(79)=湖北町速水=の似顔絵展が開かれている。映画俳優やNHK大河ドラマの登場人物など約80点を展示。さらに今秋、米原市柏原で開かれる映画祭から大型映画看板の制作依頼を受け、長年抱き続けた夢を実現させた。

 会場にはレオナルド・ディカプリオやオードリー・ヘプバーン、時代劇やNHK大河ドラマの登場人物などの似顔絵が並ぶ。表情や目元、口元の特徴を巧みに捉えた作品が来場者の目を引いている。

 北川さんは地元で看板業「アドベン」を営み、長年、店舗や企業の看板制作に携わってきた。現在は息子が事業を引き継いでいる。

 20代半ばには、長浜駅前で映画看板の制作を手がけていた岩渕義男さんの工房でアルバイトを経験。映画タイトルなどの文字を書くレタリングを担当したが、俳優の絵を描くことは許されなかった。

 「絵は教えられん。見て盗め」—。師匠の言葉を胸に刻み、仕事を終えて帰宅すると、トレーシングペーパーを使って独学で映画俳優の顔を描き続けた。しかし、その後に創業した看板業では文字を書く仕事がほとんどで、映画看板を描く機会は訪れなかった。

 看板業を息子に譲って仕事に一区切りがつくと、「何かせなあかん」と本格的に似顔絵制作を開始。映画を見て感動するたびに筆を取った。

 その積み重ねが実を結び、今秋、米原市柏原で開かれる映画祭から縦約1・8㍍の大型映画看板3点の制作を依頼された。制作期間は約3カ月。「うれしい半分、不安半分だった。でも若い頃から憧れていた映画看板を、ようやく自分で描くことができた」と笑顔を見せる。

 展示は26日まで。火曜休館。今月は20日も休館。

 なお、展示作品は会期終了後、希望者に有償で譲る予定で、売り上げは地域の子ども食堂へ寄付する考え。「今まで地域に支えられてきた。少しでも恩返しができれば」と話している。

 

 

 

2026年7月3日

【湖北史記 其の48 】小堀遠州の事績と出生地

 宮川陣屋があった宮司町の北部に小堀町がある。その集落内に、「小堀新介(しんすけ)殿屋敷跡」と刻まれた石碑が建っている。当地は「小堀遠州出生地」として長浜市指定史跡にもなっている。小堀新介正次は遠州の父親で、戦国大名浅井氏の家臣であった。その室は、浅井氏の重臣である磯野員昌(かずまさ)の娘だが、遠州が幼い時に亡くなったようだ。

 小堀遠州は名を正一(まさかず)といい、江戸幕府の技術官僚として名高い。二条城二の丸庭園、南禅寺方丈南庭、金地院(こんちいん)「鶴亀の庭園」など、京都の名立たる庭園の作者とされるが、造園の指導・監督を行なったとするのが正しい。庭園は数十年でその姿を変えるので、遠州が指導したままの状態で今に残る例は少ない。その中で、遠く岡山県高梁(たかはし)市にある頼久寺(らいきゅうじ)庭園は遠州が造園指示した形が今でも残る稀有(けう)な例で、国指定名勝になっている。

 その他、名古屋城天守・本丸、大坂城の天守・本丸・二の丸、二条城、江戸では江戸城二の丸や品川東海寺の普請・作事にも力を尽くした。当時は空前の城郭建築ブームであり、普請・作事に詳しい遠州は引っ張りだこだった。大阪城の大手門近くの千貫櫓(せんがんやぐら)は、遠州指導によって建造された建物が、そのまま残っている例である。近江国内では、将軍宿泊用の御殿である水口城(甲賀市)や、伊庭(いば)御殿(東近江市)の建造にも関わっている。

 また、遠州流茶道の祖としても知られる。中世から続く茶道の歴史の中で、「大名茶」というジャンルを確立させた人物だ。千家の茶道が、主に町人によって培(つちか)われたのに対し、江戸時代の武家儀礼の中に茶道を取り入れていった。また、茶室よりも広間での点前(てまえ)を特徴とし、茶室にしても窓が沢山ある明るい部屋を好んだ。その心得の真髄を示す「綺麗(きれい)さび」は、高雅で貴族風の茶道趣向を表している。平成9年の遠州没後350年を機に長浜で復活した遠州流茶道は、今も小中学生への授業など、社会貢献を続けている。

 小堀町周辺に残る遠州の痕跡は少ない。宮司町との堺に「ばんば堀」と呼ばれる小さな池がある。ここが、遠州が生まれた屋敷の堀であったとされる。屋敷地の石碑は、慶長7年(1602)の検地絵図にある正次屋敷を、現地に当てはめた場所に建立されている。さる3月3日、小堀町で5年ぶりに外部の関係者を招いての例祭が行なわれた。遠州霊前への献茶や、菩提寺の近江孤篷庵住職による読経が行なわれた。全国的に活躍した小堀遠州の痕跡は長浜にはわずかだが、住民は遠州の偉業を今も讃え続けている。

 

「小堀新介殿屋敷跡」の石碑(長浜市小堀町)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年3月5日掲載)