2026年7月31日

【湖北史記 其の60 】豊臣秀吉を祀る豊国神社

 長浜市南呉服町に鎮座する豊国(ほうこく)神社の社宝展が長浜市曳山博物館で、9月29日まで開催されている。同社は豊臣秀吉・恵比須神(えびすしん)・加藤清正・木村重成(しげなり)を祭神とする。その草創は慶長5年(1600)8月18日に、長浜八幡宮の御旅所に勧請(かんじょう)された豊国大明神(秀吉の神号)社であった。江戸時代は徳川氏の世であったので、秀吉を表立って祀ることはできなかったが、神像は町年寄によって密かに守られたと言われる。

 寛政5年(1793)9月に至り、御旅所に蛭子(えびす)神社として八幡宮から移転した社殿に神像を祀り、事実上、豊国大明神社を再興した。明治維新に至り、社号を豊(みのり)神社に変更、明治25年(1892)には社地を現在地の西側に移し、さらに大正元年(1912)に豊公園が開園し、境内を道路が貫通することになり、現在地に移り社殿を東向きから南向きに変更している。大正9年(1920)に社号を豊国神社に改称した。昭和50年代の駅周辺の再開発で、境内地南西にあった能舞台や南にあった神苑(しんえん)がなくなっている。

 秀吉を祀る神社であっただけに、秀吉家臣から近世大名になった家の信仰は厚い。正面社標は、大正13年(1924)の「開町350年祭」を記念したもの。安芸広島藩主だった浅野長勲(ながこと)の書であることは本記「其の27」で紹介した。さらに、平成8年(1996)まで正面鳥居に懸けられていた「豊国大神」の扁額(へんがく)は、阿波徳島藩主だった蜂須賀茂韶(もちあき)の書で大正3年(1914)奉納。これは展示中である。

 弘化3年(1846)の秀吉250回忌に当たり、長浜町人が秀吉の神前に奉納した金燈籠(かなどうろう)も出色の展示資料である。「火袋(ひぶくろ)」の透(す)かしに、「御神忌二百五十回 奉納長浜中」とある。同時に石燈籠も寄進しており境内に現存する。江戸時代において、豊国神社の前身社が実際に存在したことを示す、唯一と言ってもよい重要な資料である。

 豊国神社に安置される秀吉遺愛の石・虎石(とらいし)の由緒を記した木版画も展示中。垣根と石積に囲われた虎石の左に由緒が記される。もと長浜城内の欄干(らんかん)(豊公園駐車場付近)にあったが、粗末に扱っていたので「祟(たた)り」があり、大通寺の新御座(しんござ)の庭石に運ばれた。しかし、石が城に帰りたいと訴えるので、旧城内にあたる豊国神社に移設したとある。令和4年度の長浜城下町遺産にも選定された。9月8日、午後1時30分から展示説明会が同館である。

虎石(豊国神社所在)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年8月20日掲載)

2026年7月31日

【湖北史記 其の59 】長浜八幡宮で奉納される「蛇の舞」

 今年も、8月15日の午後7時20分頃から、長浜八幡宮の放生池(ほうじょういけ)で「蛇(じゃ)の舞」が奉納される。「蛇の舞」は長浜市永久寺町の「蛇の舞」保存会(昔は「蛇組(じゃぐみ)」といった)の8軒によって行なわれるが、次の3幕からなる。第1幕では夜の放生池で蛇が海女(あま)の持つ珠(たま)を追いかける。第2幕でも全長10メートルに及ぶ蛇が池中を遊びまわり、「胴ずり」という鱗(うろこ)の中にいる虫取りの仕草もある。第3幕では蛇は龍神となって舞い狂い、火を噴いて昇天する。約30分の演目である。

 滋賀県選択民俗文化財となっているが、龍が収められた旧箱に延享(えんきょう)4年(1747)の銘があることから、江戸中期からは行なわれていた。もともとは、永久寺村の八坂神社弁天池で、2匹の龍を使って奉納されていたが、同村から出た八幡宮の俊蔵院(しゅんぞういん)によって長浜八幡宮へ奉納場所が移されたものと伝える。同地に移った理由や時期は不明だが、第二次世界大戦後からは八幡宮で奉納さていることが知られる。

 この「蛇の舞」の起源については昔話がある。今から450年前というから、秀吉の時代の話である。坂田郡永久寺村(長浜市永久寺町)の大工・井上八右衛門の弟子は、仕事熱心で、神々に対する信仰にも篤(あつ)い人物だった。しかし、弟子は娶(めと)った嫁が姑(しゅうとめ)との仲が悪く困り果てていた。ある日、妻は機(はた)で織物をしていたが、その縞柄(しまがら)の良し悪しで姑と口論になり、嫁は織っていた織物をプツリと切断し、そのまま家を飛び出して、村の北を流れていた水の深みに身を投げてしまった。

 夫の大工は家に帰ると、その話に驚き後を追うが、嫁はすでに投身した後。すると一天にわかにかき曇り、真っ暗闇となり大雨が降ってきた。そこに、妻が身を投げた辺りから、一匹の龍が現われ昇天していくのが見えた。その場所は「嫁が淵(ふち)」と呼ばれるようになる。その後、大工は親孝行に努めたが、後々の戒めとして龍の首を木彫りにし、胴体も作って神社に奉納した。永久寺村では旱魃の時、神前にこの龍の舞を奉納して、雨乞いをするのが通例となった。この舞をすると、1日・2日の内に必ず雨が降ると言われていた。

 永久寺の「蛇の舞」では「火」が多用される。池の周りには篝火(かがりび)がたかれ、煙幕(えんまく)の中から龍が登場する。幕間は花火で演出され最後に龍は火を噴き、花火の雨が降る。近江の祭礼は、曳山祭りや太鼓踊りなど、いくつかに分類されるが、火祭りもその一つである。湖北では、米原市清滝の「大松明(おおたいまつ)」(米原市指定民俗文化財)が知られるが、この「蛇の舞」もその代表例。是非、お盆の夜、帰省した家族と観覧したい。

蛇の舞(平成27年8月15日撮影)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年8月6日掲載)

2026年7月31日

【湖北史記 其の58 】雪で命を奪われた富山の薬売りの話

 江戸時代、富山の薬売りの商人であった石動(いするぎ)屋幸助(こうすけ)と熊野屋亀二郎の話である。彼らは年の4分の1の冬期は富山で製薬を行ない、残りの4分の3の期間は各地に出向いて売薬を行なったという。2人は3月から近江南部で行商し、11月18日には仕事を終え故郷に帰ろうとしていた。19日は夜に日を継いで、近江国内を北上し、晩に伊香郡柳ヶ瀬(長浜市余呉町)に宿した後、20日には柳ヶ瀬を出て栃ノ木峠に向かった。

 椿坂に至る途中、大雪に遭遇する。二人は雪に囲まれ動くことが出来ず、そこで凍死してしまった。柳ヶ瀬で二人を泊めた宿の主人であった黒田屋五兵衛・加賀屋吉兵衛は、二人の死を悼(いた)み、現場を捜索して死体を回収し、柳ヶ瀬の墓地に埋葬して碑文を建立した。この碑文は、今も柳ヶ瀬共同墓地に建っている。上記の事件の顛末(てんまつ)は、この碑文に書かれているが、その文章執筆を依頼された伊香郡黒田村(長浜市木之本町)の明徳寺の前住は、碑文を以下のように続ける。

 私がこの碑文作成を受けた理由は二つある。一つは凍死した二人を哀れるものである。もう一つは、雪道を行く者の無防備を正すためである。石碑を建立する2人の宿主の思いは、「仁の術」から来ている。まことに尊ぶべきものだ。そもそも、この2人の「仁の術」は、薬売りの凍死があってからのことである。凍死した二人を責めれば、碑を建立した二人の善行を後世に語り継ぐことができない。亡くなった2人は、雪山の険難を越え、自らの死をもって後人への戒めとしたものだ。これは「仁」というべき行動だったと確信する。とある。

 この碑文には「辛丑(かのとうし)」の年というだけで、年号が書かれていない。60年に一回まわってくる「辛丑」は享保6年(1721)、天明元年(1781)、天保12年(1841)あたりが該当しよう。碑文の正面には、「釈勇進」・「釈教真」と凍死した二人の法名が記される。これが、「勇ましく進む」・「真実を教える」という意味ならば、2人の行動を碑文の通りまったく責めていない。

 側面には施主の黒田屋と加賀屋の名がある。黒田屋は碑文を執筆した住職と同じ黒田村の出身で、柳ヶ瀬において旅館を経営していたのだろう。加賀屋は加賀国の出身者と常識的にはみなされる。二人の薬売りの内の石動屋の「石動」は、富山県の西の玄関に当たる町。現在は小矢部(おやべ)市内で北陸線のJR石動駅もあった(現在、北陸線は民営化)。家族が待つ越中へ、なぜそんなに急いだのであろう。柳ヶ瀬から栃ノ木峠に至る北国街道は、幹線道路だっただけに人々の悲哀が多く記憶される。

柳ヶ瀬共同墓地にある富山の薬売り受難の碑

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年7月23日掲載)

2026年7月31日

京銀の行員が特殊詐欺防ぐ

彦根署が感謝状、他行へ送金時

 特殊詐欺の被害を防いだとして、彦根署は7月27日、京都銀行彦根支店の支店長代理の東洋平さん(45)と行員の諸頭千草さん(47)に感謝状を渡した。

 同署などによると、今年4月からSNSを通じて投資を始めていた県内の70代の男性が専用口座を設けるため、7月13日午前に60代の妻と彦根支店を訪問。他行の口座に400万円を送金する手続きを依頼したが、対応した諸頭さんが口座の動きから特殊詐欺を疑い、相談を受けた東さんと一緒に説得して送金を思いとどまらせた。通報を受けた彦根署員が調べたところ、投資先が特殊詐欺の疑いがあるとわかった。

 今井和幸署長から感謝状を受け取った東さんは「これからもお客さんのために責任を持って対応したい」、諸頭さんは「不審に気づいてすぐにお客さんに伝え、詐欺を防ぐことができてよかった」と話した。

 6月末時点の特殊詐欺の被害状況は、県内で441件(前年同時期314件)、被害額が27億8056万円(同17億4593万円)といずれも増加。彦根署管内でも37件(同19件)で、被害額1億7312万円(同1億2214万円)といずれも増えている。

(滋賀彦根新聞)

2026年7月31日

【続報】三市同時花火、主催者から返信

質問8項目には具体的回答なし 8月5日に「方針公表」

 8月22日に長浜、彦根、高島の3市で開催をうたう「琵琶湖三市同時花火大会」を巡り、滋賀夕刊が主催者に会場や花火打ち上げ事業者、許認可などについて問い合わせたところ、30日、実行委員会から返信があった。ただ、本紙が尋ねた8項目への具体的な回答はなく、再度の問い合わせに対し、実行委員会は「8月5日に大会に関する方針を整理・公表する予定」と明らかにした。

 本紙は今月24日までに、主催者ホームページの問い合わせフォームから大会の準備状況について質問したが、返信がなかった。このため27日、質問事項を8項目に整理し、改めて回答を求めた。

 質問したのは、①花火打ち上げ事業者②3市それぞれの会場と打ち上げ場所③開場時刻と打ち上げ時刻④3市との協議状況⑤警察、消防との協議状況⑥「火薬類の消費」をはじめとする許可・届け出の申請・取得状況⑦警備会社と安全確保、交通整理、救護体制⑧会場や時刻を公表していない理由と公表予定時期―の8項目。

 30日の返信で実行委員会は、質問には「大会運営上および安全管理上、現時点では公表を控えている事項」や「関係機関との協議を踏まえた上で適切な時期に公表する予定の事項」が含まれているとして、8項目のいずれについても具体的な回答を示さなかった。

 大会は3市で計1万発以上の花火を打ち上げるとしてSNSなどで告知し、7000円から1万9000円の有料観覧席を販売している。一方、本紙が長浜、彦根、高島の3市と地元の消防、警察に確認したところ、いずれも花火の実施を把握していないとの回答だった。

 本紙は30日の返信を受け、8項目について改めて具体的な回答を求めた。これに対し、実行委員会から再び返信があり、「正確な情報をお伝えするため、実行委員会としては8月5日に大会に関する方針を整理・公表する予定」と説明した。

2026年7月31日

彦根市、水道料金35%値上げへ

28年度めど 審議会が答申

 彦根市の水道料金について、市上下水道事業審議会(横山幸司会長)は7月29日、2028年度をめどに35%程度改定する方針が妥当とする答申を田島一成市長に提出した。人口減少などによる給水収益の減少に加え、老朽化した施設や管路の更新、耐震化に多額の費用が必要となるため。現行料金のままでは2027年度以降に収支不足が生じる見通しで、答申では今後、5年に1回の料金改定が適当としている。

 彦根市の水道事業は1960年の給水開始から65年が経過した。2025年度末の普及率は99・8%に達する一方、人口減少や節水機器の普及などで今後の給水収益の減少が見込まれている。

 さらに、老朽化した施設や管路の更新需要が増えているほか、物価や人件費の上昇、頻発・激甚化する自然災害に備えた耐震化なども課題となっている。

 審議会では、水道施設の将来の更新需要や建設計画、財政収支の見通しを検討。その結果、現行の料金体系で現在と同程度の更新投資を続けた場合、2027年度以降に収支不足が生じると見込み、「水道料金の大幅な見直しは避けられない」と判断した。

 更新投資と料金改定について複数のケースを比較した結果、管路の更新投資額を年間15億円程度とし、施設の健全性を維持しながら利用者負担にも配慮する事業運営が適当とした。

 一方、一度に大幅な負担増を求めるのではなく、社会情勢や事業環境の変化に対応して定期的に料金を見直すことが望ましいとし、改定頻度を5年に1回とする考えを示した。その上で、市が策定する第2期水道事業ビジョンと第4期中期経営計画では、2028年度をめどに水道料金を35%程度改定する方針とすることが妥当と結論付けた。

 答申では料金改定に際し、市民に必要性や事業内容を丁寧で分かりやすく説明し、理解と協力を得るよう市に求めている。

 市は答申を踏まえて料金改定についてとりまとめた上、市議会に給水条例の改正案を諮る方針。なお、水道料金は1999年以来、改定されていない。

(滋賀彦根新聞)

2026年7月31日

「何でも運ぶ」ポンプの技術学ぶ

六荘の小学生30人、兵神装備を工場見学

 六荘まちづくり協議会が夏休みに開いている「六荘のびのび勉強会」の工場見学が28日、高月町東物部の兵神装備滋賀事業所であり、小学3〜6年生30人が産業用ポンプの仕組みや技術を学んだ。

 兵神装備は神戸市に本社を置く産業用ポンプメーカーで、滋賀事業所は同社の開発・製造拠点。主力の「モーノポンプ」は、水のような低粘度液から高粘度液、いくらやカレーなど固形物を含むもの、ホイップドクリームやビールなど気泡を含むものまで移送できる。食品や化学、自動車、上下水道など幅広い分野で使われている。

 この日は、子どもたちが工場内を見学し、大小さまざまなポンプについて社員から説明を受けた。ショールームでは用途に応じた製品を間近で見ながら、普段の暮らしでは目にする機会の少ない産業用ポンプが、さまざまな場所で活躍していることを学んだ。

 ポンプの仕組みを知るワークショップでは、ボトルを使った簡易ポンプづくりに挑戦。ハンドルを回すと内部のローターが回転し、液体を吸い上げたり、押し出したりする仕組みで、ポンプが液体を運ぶ原理を視覚的に学んだ。

 工場見学と工作を通じ、地元企業が持つ技術と、身近な食品や製品、社会インフラの裏側を支えるポンプの役割に触れる体験学習となった。

 

 

 

2026年7月30日

坂口さんに名誉市民の記念楯

長浜の漆塗り職人・中川さん、半年かけ制作

 長浜市は28日、ノーベル生理学・医学賞を受賞した長浜市名誉市民の坂口志文さん(大阪大学特別栄誉教授)に、名誉市民の記念楯を贈った。曽根町出身の坂口さんは「高校卒業まで毎日、故郷の象徴である伊吹山を見ながら過ごした」と振り返り、故郷への思いを語った。

 贈呈は大阪大学免疫学フロンティア研究センター(大阪府吹田市)で行われ、浅見宣義市長が坂口さんに楯を手渡した。記念楯は制作に約半年を要するため、今年1月の名誉市民称号授与式では目録を贈り、その後、制作を進めていた。

 楯は漆塗りの鏡面仕上げで、坂口さんの故郷・長浜を象徴する伊吹山、コハクチョウ、梅の文様を金箔であしらった。制作したのは、坂口さんの地元、曽根町にある「カネイ中川仏壇」の5代目、中川喜裕さん。浜仏壇の最高峰とされる「本堅地」と「呂色」の技法を用い、約半年かけて漆を幾重にも塗り重ねて仕上げた。中川さんは2025年から2年連続で、夏の全国高校野球選手権大会の優勝・準優勝楯の漆塗りも手掛けている。贈呈式に同席した中川さんは「楯が坂口先生と長浜市にとってこの先長く記憶に残るものとなれば」と話した。

 坂口さんは「生まれた故郷は私にとって特別な存在。このような素晴らしい名誉をいただけることとなり、心よりうれしく思う」と感謝。「残りの人生であと何年働くことになるかは分からないが、医学の研究をもう少し続け、自分なりに精進しながら、少しでも社会の役に立てるよう努めたい」と話した。

「自分の目で観察を」ジュニア科学賞、自由研究から表彰

 贈呈式後には、坂口さんの名を冠して新設された「坂口志文ジュニア科学賞」について懇談した。

 同賞は、1月31日の名誉市民称号授与式後の懇談で、浅見市長と織田恭淳教育長が坂口さんに提案し、創設が決まった。「地元の子どもたちが科学への好奇心を育み、自ら考え、探究する姿勢を大切にしてほしい」との坂口さんの願いが込められている。

 対象は長浜市立学校の小中学生。夏休みの自由研究として「滋賀県児童生徒科学研究発表会」に出品された作品から、特に優れた研究を行った小学生、中学生各1人を表彰する。作品は各学校に提出する。

 坂口さんは自身が小学生だった頃、キュウリがどのように伸びるのかを毎日測って観察した自由研究の思い出を紹介。「昆虫や植物など、何かをじっくり観察していると、思いがけない発見につながることもある」と話し、「実際に自分の目で観察し、手で触れて確かめてみることは、とても大切な経験」と子どもたちに呼び掛けた。

2026年7月30日

子どもたちが出会った、ちょっと珍しい夏の色

長浜に「青いカエル」と「ピンクのバッタ」

 長浜市小谷小学校区で見つかった鮮やかな青色のニホンアマガエルが、えきまちテラス長浜1階の「小さなびわ湖水族館」で展示されている。

 地域住民が自宅近くで見つけ、15日に小谷小へ持ち込んだ。校長室で展示すると、休み時間には子どもたちが集まり、タブレットで写真を撮るなど大人気となった。学校が夏休みに入ったことから、小さなびわ湖水族館へ引き継がれた。

 通常のアマガエルは青と黄色の色素によって緑色に見えるが、この個体は黄色の色素がなく、青く見えているという。水族館を運営する近江淡水生物研究所によると、こうした色素異常の個体は「10万匹に1匹程度」とされる珍しさ。「見ると幸運が訪れる」との連想から、「幸せの青いカエル」と紹介されている。

 

 湯田小学校4年の川瀬涼介さんと小川直澄さんが、近所の空き地で全身がピンク色をした珍しいショウリョウバッタを見つけた。普段から虫取りを楽しんでいる2人も、見慣れない姿に驚いた。

 2人は内保町に住む同級生。26日午後6時ごろ、川瀬さんの自宅近くの空き地で虫取りをしていたところ、ピンク色のバッタを発見し、捕まえた。

 川瀬さんは「今までで一番珍しいものを捕まえた」と喜び、小川さんは「誰かがいたずらでペンキを塗ったのかと思った。こんなのは初めてで、びっくりした」と振り返った。

 ピンク色のバッタは、遺伝子の突然変異による色素の変化で生まれるとされ、もともと個体数が少ない。さらに、周囲の草などに紛れにくく、鳥などの天敵に見つかりやすいため、成虫まで生き延びる個体は少ないとされる。

 2人は、なぜピンク色なのか気になり、写真を撮ってインターネットで調べたという。捕まえたバッタは川瀬さん宅で飼育し、今後も観察する予定。

 

2026年7月30日

伊吹PA周辺、水素活用へ調査

ビワマス養殖や温浴施設にも NEDO事業に採択

 米原市の伊吹パーキングエリア(PA)周辺で、水素を製造し、地域産業などで幅広く活用する取り組みに向けた調査が始まる。滋賀県、米原市と民間4社が共同で進める計画が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業に採択された。製造した水素を工業分野などで活用するほか、水素製造の過程で生じる酸素や熱をビワマスなどの養殖や温浴施設に生かせないか検討する。

 取り組むのは、滋賀県、米原市、関西電力、大和ハウス工業、千代田化工建設、名城ナノカーボンの6者。30日、NEDOの「水素社会モデル構築高度化技術開発・実証事業」の調査事業に採択されたと発表した。

 計画では、伊吹PA周辺を対象に、水を電気分解する装置で水素を製造し、地域内で有効活用する仕組みを検討する。

 製造した水素は、名城ナノカーボンが手掛けるカーボンナノチューブ(CNT)の製造工程で使用した後、別の用途で再利用し、最終的に水素ステーションへ供給する方法を検討する。一つの用途で使った水素を別の用途でも活用することで、効率的な利用につなげる狙いがある。

 水素だけでなく、製造過程で生じる酸素や排熱の活用も調べる。酸素はビワマスなどの養殖、排熱は温浴施設などでの利用を想定。水素と合わせて地域内で有効活用することで、水素の供給コストを抑えられるか検証する。

 6者は今年3月、米原市の立地を生かした水素の製造・供給拠点づくりに向け、基本合意書を締結している。米原市は東海、近畿、北陸方面を結ぶ交通の結節点で、こうした地理的な特徴を生かし、内陸部で水素を製造、利用するモデルの構築を目指している。

 今回の調査では、関西電力が水素の製造から利用までの全体的な検討と事業性の評価、大和ハウス工業が伊吹PA周辺の施設配置、名城ナノカーボンがCNT製造に必要な水素量や設備規模を検討する。千代田化工建設は水電解装置について調べ、滋賀県と米原市が各種調査に協力する。

 6者は調査を通じ、水素を地域産業で活用する仕組みの実現可能性を探り、水素需要の創出や二酸化炭素(CO₂)の排出削減、地域経済の活性化につなげたいとしている。

 具体的な設備規模や事業費、実用化の時期などは現時点で明らかにされていない。

2026年7月30日

「傷を隠さない」金継ぎに人生重ね

ノルウェー男性、国友の宗永堂で修業

 割れた器の傷を隠さず、漆と金でつなぎ、新たな美しさへと生まれ変わらせる日本の伝統技法「金継ぎ」。その考え方に自身の人生を重ねるノルウェー人男性が今月、長浜市国友町の宗永堂を訪れ、塗師の杉中伸安さん(62)から本格的な技法を学んだ。金継ぎを通じて「傷は隠すものではなく、人生の一部として誇りに変えることができる」と感じた男性は、帰国後、若者らにその経験を伝えたいとしている。

 宗永堂を訪れたのはキム・ダニエル・ジョナサンさん(34)。現地で、人前に立って自身の経験や生き方について語る「パブリックスピーカー」として活動している。

 ダニエルさんは幼少期の複雑な家庭環境や学校でのいじめなどから、長く精神的な苦しさを抱えたという。自分自身と向き合い、立ち直っていく過程を経て、現在はその経験を人に伝える活動を続けている。

 そんな中で知ったのが金継ぎだった。壊れた器を元通りに見せるのではなく、修復した跡を金などで際立たせ、傷そのものを新たな価値に変える技法に、自身が歩んできた人生を重ねた。

 「初めて金継ぎを知った時、パズルが正しい場所にはまったように感じた」とダニエルさん。自身の講演でも金継ぎを例に挙げ、「人生も壊れた部分を修復しながら、もう一度つくり直すことができる」と伝えているという。

 本場の技術を学ぼうと日本で修業先を探し、宗永堂と出会った。7月9日から16日まで杉中さんの指導を受けた。

 研修では、天然の漆を使った伝統的な工程を学んだ。ダニエルさんは「正しい金継ぎを学びたいと思っていた。一週間の経験は想像以上に素晴らしく、本物の金継ぎの師匠から得た知識や経験は、自分の人生にとって大きな価値がある」と振り返る。

 特に心に残ったのが、完成まで長い時間を必要とする金継ぎの工程だった。

 情報をすぐに得られるスマートフォンやSNSが生活に浸透する中、ダニエルさんは「今は何か疑問があれば、すぐに携帯電話で答えを知ることができる。その分、自分自身で考える時間が失われている」と指摘する。

 ノルウェーでも若者が長時間スマートフォンを使い、孤独や心の問題を抱えるケースがあるという。急速なデジタル化の中で、自分の感情や自分自身と向き合う時間が少なくなっていると感じている。

 その点、金継ぎは完成を急ぐことができない。漆を塗り、乾燥させ、何度も作業を重ねる。「非常に時間がかかる。その過程にこそ価値がある。壊れる前のものより、修復したことで、より美しく価値のあるものになる。それは人の心にもつながる」と話す。

 SNSなどでは、華やかで欠点のない暮らしが目につき、「完璧」であることを求めやすい。しかしダニエルさんは、「完璧さとは何かを、自分自身に問い直さなければならない」とする。

 「不完全な部分も自分の価値として受け入れなければならない。完璧さばかりを求めると、本当は心の中で泣いていても、お互いに本音を見せられなくなる。傷を修復して、それを隠さずに見せる。それが誇りになるという金継ぎの考え方を、ノルウェーの若者にも伝えたい」と語った。

 一方、杉中さんは「初日はどんな人が来るのか不安もあったが、話をすると強い思いを持っていることが分かった」と振り返る。幼い頃からものづくりが好きだったというダニエルさんの筆や指先の動きを見て、「器用だとすぐに分かった」という。

 作業にも熱心に向き合い、事前に質問を考えて研修に臨んだ。「金継ぎだけでなく、彼が取り組んでいるメンタルヘルスの活動や考え方を聞けたことも、自分にとって勉強になった。息子と同じ世代だが、人のために自分を生かしたいという、しっかりした考えを持っている」と杉中さんは話す。

 宗永堂では新型コロナ禍後、海外から訪れた人向けに2時間ほどの金継ぎ体験を始めた。参加者がSNSで紹介したことなどから海外からの問い合わせが増え、現在は今回のような、より深く技術を学ぶ研修へと発展している。

 杉中さんは「海外からわざわざ日本まで習いに来るのは、すごい力だと思う。その思いには一人一人、丁寧に応えたい」と話す。研修中には一緒に食事をするなど、技術だけでなく人と人との交流も大切にしている。

 「京都や東京だけでなく、長浜まで来てもらえるようになればうれしい。漆や日本の伝統技術が海外に広がり、その人たちがまた長浜を訪れてくれれば、地域にもプラスになると思う」と杉中さん。

 研修最終日の16日には、ダニエルさんに修了証書が手渡された。ダニエルさんは杉中さんや、滞在と通訳を支えた東山亜沙美さんへの感謝を口にし、「この旅で得た経験が、ノルウェーの人たちに何かを感じてもらうきっかけになれば」と話した。

※滋賀夕刊のインスタグラム(https://www.instagram.com/p/DbZsSpqBHPw/)で動画を紹介

2026年7月29日

米原市長、ハラスメント撲滅宣言

職員113人「ハラスメント受けた」外部相談員新設

 米原市は28日、市職員を対象に実施したハラスメントに関するアンケート調査の結果を公表。回答した591人のうち113人が「ハラスメントを受けたことがある」と答えた。調査結果を受け、角田航也市長は同日の定例会見で「米原市役所ハラスメント撲滅宣言」を発表した。

 市は市役所内でのハラスメントや市民らからの不当要求の実態を把握するため、今年2月25日から3月19日まで市職員の対象者1001人に調査を実施。回答率は59・0%で、前回2024年度調査の41・4%から大幅に増え、職員の関心の高さがうかがえる結果となった。

 ハラスメントを受けたと回答した113人の内訳は男性40人、女性66人、性別不明7人。種類別では、上司や同僚らからのパワーハラスメントが61人で最も多く、市民らによるカスタマーハラスメントや不当要求が32人と続いた。また「現在も続いている」が計45人いた。

 行為者については、市民が27人と最多で、同僚26人、課長級・参事級21人などと続き、特別職が4人、議員が1人との回答もあった。具体的な事例としては「やることなすことに対し否定的な意見しか言わない」「人によって名前の呼び方や態度を変えたりする」といった言動のほか、「顔を見るのが楽しみ、会えないと寂しいなどの言葉を度々言われる」というセクシャルハラスメントを疑わせる内容もあった。市民からは電話対応中に「死ね」「ばばあ」「バカ」「黙れ」などの暴言を浴びせられたとの回答も寄せられた。

 ハラスメントを受けた際の対応では、「同じ職場の職員に相談した」が43人、「上司に相談した」が41人だった一方、「何もしなかった」と答えた職員が29人いた。その理由としては「何をしても解決しないと思った」「自分が我慢すればよいと思った」「職務上何らかの不利益を被ると思った」など、相談をためらう職場の風土が課題として浮かび上がった。

 市はこうした状況を改善するため、これまでの職員5人による内部相談員に加え、人事課に心理カウンセラーの外部相談員を新設。内部の職員には相談しにくい内容でも安心して打ち明けられる体制を整えた。

 角田市長は「米原市役所ハラスメント撲滅宣言」で、「古い価値観を捨て、ハラスメントを見逃さない責任を持つ」「相談は組織を良くする勇気ある貢献」「相談者の保護を最優先し、全力で守る」「理不尽な要求には組織として毅然と立ち向かう」の4項目を掲げた。定例会見で市長は「ハラスメント行為を指摘できる組織、見過ごさない、許さない組織を目指していく」と述べた。

 市は取り組みの効果を検証するため、今年12月から来年1月にかけて3回目の調査を実施する予定。

2026年7月29日

世界少年野球大会に中関選手出場へ

長浜リトルシニア所属、渡米前に抱負

 米国で開催される「カル・リプケンU12世界少年野球大会」に、米原市磯の中関友大選手(13)=米原中学1年=が日本代表の一員として出場する。世界各国の強豪が集う国際大会を前に28日、米原市役所を訪れ、世界一への決意を語った。

 中関選手は長浜リトルシニアに所属し、投手と遊撃手でプレーしている。日本リトルシニア中学硬式野球協会関西連盟に加盟する各チームの有望選手を対象に5月に行われた代表選考会(トライアウト)に挑戦。37人の候補選手から15人の日本代表メンバーに選ばれた。代表15人のうち滋賀県勢は中関選手を含む6人が名を連ねている。

 中関選手は最速115㌔の伸びのある直球を武器とする右腕で、カーブやチェンジアップも投げる。投手だけでなく遊撃手としても高い守備力を持ち、攻守にわたる活躍が期待されている。

 市役所では「感謝の気持ちを忘れず、一戦一戦勝ちにこだわって戦い、世界一になって帰ってきます」と決意を述べた。角田航也市長は「世界レベルの選手たちと試合をすることで、いい刺激を受けて、人間的にも成長してきてください。米原市をあげて応援しています」と激励した。

 カル・リプケン世界少年野球大会は元米大リーグの名選手カル・リプケン氏の理念を受け継ぐ国際大会で、今年は米国の24チームのほか、アジア、ヨーロッパ、中南米などから計34チームが出場。予選リーグを勝ち抜いたチームによる決勝トーナメントで世界一を争う。日本代表は8月4日に出国し、8日から試合に臨み、17日に帰国する予定。

2026年7月29日

なかやまきんに君、長浜に

8月2日、豊公園で戦国体験イベント

 湖北の戦国文化を生かし、世界から人を呼び込むことを目指す体験型イベント「KOHOKU MATSURI 2026〜いざ没入せよ、戦国の世界へ」が8月2日、長浜市の豊公園雁木広場を中心に開かれる。スペシャルゲストになかやまきんに君を迎えるほか、和太鼓や演劇、よさこい、ダンス、歌、子ども向け忍者体験、飲食など多彩な催しを展開する。入場無料。

 主催は長浜青年会議所を主体とする実行委員会。戦国の歴史や文化、自然など、湖北には人を引き付ける観光資源が数多くあると着目し、世界的に日本文化への関心が高まる中、国内だけでなく海外からも人を呼び込み、湖北の魅力を体感してもらおうと企画した。

 当日は外国人観光客や留学生約60人も参加し、大通寺や長浜八幡宮、豊公園などでチャンバラ、弓矢、居合斬りを体験。おにぎり作りや地酒での乾杯を通じ、地域住民との交流も図る。

 市民向けのステージイベントは豊公園で午前11時半から午後8時まで。和太鼓、演劇、よさこい、ダンス、歌などを繰り広げる。午後6時半からは長浜出身のシンガーソングライター小林未奈さんがライブを行い、午後7時からなかやまきんに君がステージに登場する。

 子ども向けには「忍者を目指して忍者修行に挑戦だ!」と銘打った「戦国キッズ」を午前11時半から午後4時半まで開催。手裏剣、射的、竹水鉄砲を体験でき、小さな子どもの参加も歓迎している。会場には20店以上のキッチンカーや屋台も並ぶ。

 実行委は、歴史好きや家族連れ、観光客、インバウンドまで幅広い層に湖北の魅力を知ってもらい、世界から人が訪れる地域につなげたい考え。

2026年7月29日

詳細見えぬ三市同時花火

1万発以上を告知 関係機関「把握せず」

 8月22日に長浜、彦根、高島の3市で同時開催をうたう「琵琶湖三市同時花火大会」がインターネットやSNSで告知されている。開催まで1カ月を切った7月27日現在、具体的な会場や打ち上げ時刻が明らかにされないまま、7000円から1万9000円の有料観覧席がインターネット上で販売されているが、滋賀夕刊や滋賀彦根新聞が3市や地元の消防、警察に確認したところ、いずれも現時点で花火の実施を把握していないなどと回答した。

 大会は主催者がホームページやSNSで告知しており、3市で計1万発以上の花火を打ち上げるとしている。各会場ではナイトマーケットを開催し、当日は3市のJR6駅から会場までシャトルバスを運行する予定としている。

 一方、具体的な会場や打ち上げ時刻は公表されていない。主催者は会場について、チケット購入者に開催約1週間前をめどに知らせるとしており、販売サイトでも会場や座席位置の詳細は後日案内する旨を記載している。

 本紙が長浜、彦根、高島の3市と各地域の消防、警察に確認したところ、7月27日時点では、いずれも8月22日の花火打ち上げを把握していないとの回答だった。

 このうち湖北地域消防本部は、大会の情報は知っているものの、主催者から花火打ち上げに関する申請は出されていないと説明。同本部によると、花火の打ち上げには「火薬類の消費」の許可申請が必要になるという。

 高島市には昨冬、主催者の代表者が大会の企画説明に訪れたが、その後は接触がないという。市は大会には関わっておらず、寄せられる問い合わせにもその旨を説明している。

 長浜米原観光協会にもホテルなどから問い合わせが寄せられているが、同協会は大会には関係していないと説明しているという。

 その一方、主催者はチケット販売やSNSでのPRを続けている。SNSでは公式アカウントをフォローして投稿にコメントすると、抽選でTシャツが当たる企画も告知され、2800人以上がフォローし、多くのコメントが寄せられている。

 本紙は主催者に対し、花火打ち上げ事業者、3会場の場所、行政、消防、警察との協議状況、許認可の申請・取得状況などについて、ホームページの問い合わせフォームから回答を求めたが、返信はない。

 以上は7月27日時点で本紙が確認した内容で、今後、主催者が関係機関との協議や必要な手続きを進める可能性もある。現時点で、大会が開催されない、または開催できないと断定できる事実は確認されていない。

 ただ、開催まで1カ月を切る中、関係機関との協議が行われていない状況でチケット販売が続いている。購入を検討する場合は、打ち上げ場所や時刻、中止時の対応など、今後公表される開催情報を確認したい。

2026年7月28日

弓道・西橋さん近畿制覇

長浜北高、団体も県V 全国の頂点目指す

 長浜北高校弓道部3年の西橋咲人さんが、23、24日に大阪府門真市で開かれた第79回近畿高校弓道大会の男子個人で優勝した。同校男子は6月の滋賀県高校春季総体でも団体、個人を制しており、8月の全国高校総体(インターハイ)には西橋さんが個人、男子チームが団体で出場する。高校から弓道を始め、3年目で近畿王者となった西橋さん。県を制した仲間とともに、次は全国の頂点を狙う。

 近畿大会の男子個人には、各府県の代表31人が出場した。近的競技は28㍍先にある直径36㌢の的を狙う。外せば脱落。西橋さんは最初の4本をすべて的中させ、6人に絞られた優勝争いに残った。

 5本目からは的が直径24㌢へと小さくなり、西橋さんはこの一射も的中。ここで4人が脱落し、奈良県代表選手との一騎打ちとなった。6本目は双方が外して決着がつかず、7本目で西橋さんが的中し、優勝を決めた。

 「最初は緊張していたけど、途中から緊張がほぐれて、集中して引けました」。勝負のポイントには、的が小さくなった5本目を挙げる。「練習をやった成果が出て、うれしかった」と近畿制覇を喜んだ。

 西橋さんは浅井中出身。弓道を始めたのは長浜北高への入学後で、部活動見学で弓を引く姿を見て「かっこいいな」と感じたのがきっかけだった。競技の魅力は「男女関係なく引くことができるところ」。体格や年齢などに左右されず、老若男女が同じ的に向き合える点に引かれた。

 2年生だった昨年12月には全国高校弓道選抜大会に出場し、全国の舞台を経験。今年6月の県高校春季総体では男子個人で優勝した。近畿大会までの間は文化祭などで十分な練習時間が取れない時期もあり、量より質を重視。「一本一本、悪いところがないか考えながら集中して引いた」と振り返る。一方、大会本番では考え過ぎるとかえって射が乱れるといい、「無で引いています」と平常心を貫く。

 男子団体も6月の県高校春季総体で優勝し、インターハイへの切符をつかんだ。2校が統合して新しい長浜北高となってから男子の夏のインターハイ出場は初めてという。メンバーは西橋さんのほか、3年の菅居昂心さん、吉本充希さん、多田碧さん、長谷川結大さん、2年の西濱拓真さん。

 チームは日曜を除く週6、校内の弓道場で練習する。全体練習が終わった後も自主練習に励み、互いに教え合い、競い合って腕を磨いてきた。キャプテンの長谷川さんは「選手に恵まれ、努力家が多い。自主練習の量も多く、それぞれが考えて練習している」と話す。

 近畿大会の団体戦は予選敗退に終わっただけに、全国への思いは強い。「近畿では自分たちの実力をうまく発揮できなかった。全国ではしっかり実力を出し切って、優勝で終わりたい」。西橋さんも「個人も団体も優勝したい」と力を込める。