2026年6月30日

「FAAS」の2選手が全国切符

小学生陸上競技大会で、高木さん、田村さん

 県内の小学生ランナーらが集う日清カップ第42回滋賀県小学生陸上競技交流大会が28日、大津市の皇子山総合運動公園陸上競技場で開かれ、長浜を拠点に活動する陸上クラブチーム「FAAS T&F」の2選手が全国大会出場権を獲得した。

 大会は滋賀陸上競技協会主催。県内の小学4〜6年生が100㍍、コンバインド(混成競技)、400㍍リレーなどで全国大会出場を懸けて熱戦を繰り広げた。

 FAASからは、男子6年コンバインドA(80㍍ハードル・走高跳)で高木央生さん(北郷里小)が2位に入り全国切符を獲得。80㍍ハードルでは13秒33を記録し、自己ベストを更新した。

 男子5年100㍍では田村優一さん(南郷里小)が決勝で14秒29の自己ベストをマークして優勝し、全国大会出場権をつかんだ。

 全国大会は11月、国立競技場で開かれる予定。高木さんは「全国大会では自己ベストを更新し、少しでも良い結果を残せるよう頑張りたい」と意気込み、田村さんは「全国には自分より速い人が多いので、あと4カ月しっかり練習したい。まずは13秒台、自己ベスト更新を目指したい。目標は桐生選手」と話した。

 FAASには1月から大津県出身で女子短距離選手の山中日菜美さんが所属しており、今大会ではコーチとして子どもたちのウォーミングアップなどをサポートした。

2026年6月29日

浅井長浜LV、西日本大会へ

「運の貯蓄」実り切符つかむ

 少年野球チーム「浅井長浜LV」が、7月31日から8月6日まで福岡県久留米市一帯で開かれる「筑後川旗第42回西日本学童軟式野球大会」に滋賀県代表として出場する。

 浅井長浜LVは、浅井レイカーズと長浜ビクトリーズが結成した連合チームで、湯田小、南郷里小、びわ南小、西浅井小の児童も所属する。今年2月、全国大会出場をかけた試合で1点差で敗れた悔しさをばねに練習を重ね、4月のマクドナルド・トーナメント湖北地区予選で優勝。県大会を経て西日本大会出場を決めた。

 13チームが出場した地区予選決勝は3—3でタイブレークに突入。互いに1点ずつを加えても決着がつかず、最後はくじ引きで勝者を決めた。見事に優勝を引き当て、伊藤嘉彦監督(52)は「野球の神様がほほえんでくれた」と振り返る。

 チームの合言葉は「勝ちに行って勝つ、勝ちに行って負ける」「運の貯蓄」。あいさつや道具をそろえること、ゴミ拾いなどを大切にしており、伊藤監督は「そういう積み重ねが運を呼んだのでは」と話す。

 今年のチームについて伊藤監督は「際立った選手はいないが、チームワークが一番の強み」と話す。投手陣は谷口巧実さんと菊地壱伸さんのダブルエース。打線は1番の中尾煌汰さんが出塁し、主軸が好機で粘る。

 谷口さんは4月の長浜曳山まつりで子ども歌舞伎の役者を務め、地区予選には出場できなかった。それでもチームメートは谷口さんのユニホームをベンチに掛け、「一緒に県大会へ行こう」と戦い抜いた。谷口さんは「チームメートっていいなと思った」と振り返る。

 キャプテンで捕手の伊吹文翔さんは「チームワークが良いチーム。西日本大会ではベスト4を目指したい。ミスしてもみんなで声を掛け合い、助け合っていきたい」と意気込む。

 伊藤監督は「せっかくの大きな舞台。思い切ってチャレンジして、一回りも二回りも成長してほしい」と期待を寄せている。メンバーは次の皆さん。

 伊吹文翔(浅井6)、中尾煌汰(長浜6)、谷口巧実(同)、菊地壱伸(南郷里6)、北川知滉(浅井5)、椙本碧斗(長浜5)、猪ノ口達喜(同)、竹内咲人(西浅井5)、板垣大睦(長浜6)、大島陽来(同)、髙宮圭悟(同)、草野晃希(浅井6)、岩﨑大昂(同)、中尾准大(長浜4)、新垣朱琉(長浜5)。

 

 

2026年6月26日

湖北病院92床に縮小

整備費最大50億円圧縮

 長浜市は25日の病院再建・再編推進本部会議で、湖北病院と介護老人保健施設「湖北やすらぎの里」の新たな整備方針を公表した。病院と老健施設の規模を見直し、全面新築を軸とした大型整備計画から、既存施設活用による縮小・圧縮型へ大きく転換。総事業費は当初計画の約120億円から70〜90億円程度に圧縮する。

 新たな方針では、湖北病院の医療機能を地域急性期機能と慢性期機能と位置付け、入院、救急、外来医療を維持。今後も巡回診療や訪問診療を継続し、へき地医療も確保する。救急室や手術室などは新築し、2006年に竣工した既存別館を最大限活用して病床を確保する。

 病床数は現在稼働している117床から92床に縮小。内訳は一般病床(地域包括医療病棟)48床、療養病棟44床とする。老健施設も現在84床から60床程度に見直し、通所リハビリ利用者数は10人分を確保する。

 施設整備は2027、28年度に基本設計と実施設計を行い、29、30年度に老健新築と病院新築、別館改修工事を進める。

 市は、人口減少や将来の患者数減少を見据え、病院機能を維持しながら現実的な投資規模に抑える必要があると判断した。当初計画では病院120床、老健90床の計210床体制を想定していたが、新方針では病院92床、老健60床程度の計152床に縮小。当初計画にあった全室個室化も断念した。事業費は70〜90億円程度に圧縮し、既存施設を活用しながら北部地域の医療と介護機能の持続を目指す。

2026年6月26日

学校再編「1中学校区1小学校」へ

長浜市が基本方針案、広域統合も検討

 長浜市教育委員会は、市立学校園の今後の再編の方向性を示す「長浜市学校園の適正規模・適正配置に関する基本方針案」をまとめた。少子化による子どもの減少を背景に、小学校・中学校・義務教育学校について、現中学校区内の小学校を統合し、「1中学校区内1小学校」の配置を目指す方針を明記。1小学校としても12学級未満となる場合は、中学校区を越えた広域統合、または小規模校としての存続を検討するとした。

 市の0〜14歳人口は減少が続き、出生数は2015年の1019人から2025年には644人となり、約36%減少。県全体の減少率約31%を上回るペースで少子化が進んでいる。

 2031年度の推計として、児童数は4234人、生徒数は2656人となり、2021年度比で児童数約32%減、生徒数約20%減を見込む。

 こうした状況を受け、市教委は小中義務教育学校について、全ての学年でクラス替えができ、教員が一定数確保できる規模を目指し、学年2学級以上を基本とする方針を示した。協働的な学びや集団学習の機会を確保し、人間関係の固定化など小規模校の課題を軽減する狙いがある。

 また、複数学級を確保することで学年事務の分担や教職員同士の相談、学び合いがしやすくなり、児童生徒と向き合う時間の確保や教材研究の充実につながるとしている。

 適正配置では、まず現中学校区内の小学校統合を進め、中学校区内1小学校の配置を目指す。その上で、1校にしても12学級未満となる場合は、中学校区を越えた広域統合、または小規模校としての存続を検討する。判断にあたっては、市全体の教育課題や通学距離、通学時間、地理的条件などを踏まえ、保護者や地域との協議の上、市教委が判断するとしている。

 中学校区を越えた広域統合を目指す場合は、園小中の集約も検討する。一方、小規模校として存続する場合は、通学区域外から入学・転校できる特認校制度などの導入を検討し、小規模の良さを生かした特色ある学校づくりを目指す。

 また市南部では、宅地化が進む地域があることや、中学進学時に校区が分かれる状況がみられることから、小学校区・中学校区の変更も検討するとした。

 12学級未満の小学校は検討に着手し、特に複式学級が予想される6学級未満の小学校は速やかに検討に着手するとした。中学校・義務教育学校後期課程についても、6学級未満は検討対象とする。

 中学校についてもクラス替えができない6学級未満の学校については基本方針に基づき検討に着手する。

再編、3段階で推進

 長浜市教育委員会がまとめた学校園の適正規模・適正配置に関する基本方針案では、今後の進め方について、2026年度から35年度までを3段階に分けて計画的に取り組む方針を示した。学校園の再編・統合は、保育・教育の質の向上を第一に考え、地域住民や保護者との十分な対話と合意形成を経て段階的に進めるとしている。

 第1段階は「再編への理解と保護者等の合意形成」で、28年度まで。学校区ごとに保護者説明会を開き、現状や課題、将来の展望について情報提供するほか、学校運営協議会や評議員会などで意見を聞き、地域の声を反映させる。

 第2段階は「再編に向けた協議と方針決定」で、28年度から32年度まで。対象地域ごとに「学校の在り方を考える懇談会」や「学区再編協議会」を設け、保護者、地域代表、教育関係者らが協議し、地域ごとの再編方針を策定する。統合や新設校の基本構想、通学手段についても具体的に検討する。

 第3段階は「統合準備と実施」で、32年度から35年度まで。統合校園・新校園設置に向けた準備協議会を立ち上げ、建設や移転の詳細を協議する。開校1年前には統合時期や学区・園区の見直し、施設整備スケジュールなどを確定し、カリキュラムやスクールバス、交流行事などソフト面の準備を進める。

 早急に検討が必要な学区や協議の進み具合によっては、再編を前倒しして実施する場合もある。園についてはスケジュールや内容にかかわらず、実情に応じて進めるとしている。

市民の意見募集 29日からパブコメ

 長浜市は学校園の適正規模・適正配置に関する基本方針案について、市民から意見を募るパブリックコメントを実施する。

 募集期間は29日から8月7日まで。資料は教育改革推進課(市役所本庁舎5階)のほか、市政情報コーナー(本庁舎、北部合同庁舎)、市ホームページで閲覧できる。意見は専用フォームなど5つの方法で受け付ける。

2026年6月26日

福祉ステーション、再編へ

長浜市が計画案、市民意見募る

 長浜市は、老朽化が進む高齢者福祉施設の再編方針をまとめた「長浜市高齢者福祉施設個別施設計画(案)」を公表した。市内の福祉ステーション内にある高齢者福祉センターとデイサービスセンターを対象に、施設ごとの存廃や建物の扱いを具体化したもので、浅井福祉ステーションと湖北福祉ステーションの一部機能廃止・解体方針を明記。木之本福祉ステーションでも廃止を含めた検討に踏み込んだ。一方で、市南部を中心に複数施設の維持継続も示し、必要な機能は残す。

 計画は、築30年前後を経過した施設の老朽化が進む一方、市全体の人口減少や地域ごとの高齢者人口の変化が進む中で、施設の適正配置を見直すため策定した。上位計画となる「長浜市公共施設等総合管理計画」では、今後30年間で公共建築物の延べ床面積を41%削減する方針を掲げており、高齢者福祉施設でも2034年度末までに延べ床面積を13・6%削減する目標を定めた。

 市が実施した高齢者アンケートでは、高齢者福祉センターについて「知っているが利用したことがない」が53・4%、「存在を知らなかった」が26・0%に上り、利用の広がりに課題が浮かんだ。

 施設ごとの利用内訳では、湖北と余呉は貸館利用が100%、木之本も96・4%を占め、本来の介護予防機能より貸館利用が中心となっている実態も明らかになった。

浅井や湖北で機能廃止

 浅井福祉ステーション(今荘町)のデイサービスセンターは「廃止」とし、建物は「解体・譲渡」と位置付けた。利用者数が他の同規模公設施設より恒常的に少なく、近年も減少傾向。固定経費も高く採算面に課題を抱えるうえ、土砂災害警戒区域内に立地しているため積極的な修繕も難しい。市は周辺施設で代替可能と判断し、維持の必要性は低いと結論付けた。今年度中の廃止を予定している。

 湖北福祉ステーション(湖北町速水)の高齢者福祉センターは建築後48年が経過し、市内で最も古く老朽化が進む。冷暖房の不具合や雨漏りで2階部分の利用が限られ、現在は1階を中心とした貸館利用が主。施設稼働率も30%台以下と低迷しており、市は利用団体の受け皿をまちづくりセンターなどに確保した上で用途廃止し、解体する方針。

 木之本福祉ステーション(木之本町千田)はデイサービスセンター、高齢者福祉センターとも廃止を含め検討する。デイサービスは利用率が低く、圏域内では民間事業所も展開していることから廃止を視野に入れる。一方で余呉や西浅井からの利用者も受け入れており、高月圏域を含めた広域的な整理が必要とした。

 高齢者福祉センターは旧幼稚園舎を活用した築45年の建物で、湖北に次いで古い。利用者数や稼働率も低く、施設も手狭で利用増は見込みにくい。ただ、地域福祉団体や市社協の北部窓口としての役割も担っており、市は代替施設の確保を前提に方向性を検討する。

 余呉福祉ステーション(余呉町中之郷)の高齢者福祉センターも廃止対象。利用者数、貸館利用率とも低く、隣接する余呉まちづくりセンターとの機能重複も理由に挙げた。ただ、多世代利用の実態があるため、利用者への影響を抑えるため貸館機能は継続する方針。

 一方、東部(東上坂町)、西部(朝日町)、北部(神照町)、高月(高月町西物部)の各高齢者福祉センターは維持継続とした。デイサービスセンターも東部、西部、北部、湖北、高月、余呉、西浅井(西浅井町塩津浜)を「中長期維持」とした。虎姫デイサービスセンター(宮部町)は複合施設内にあり、施設全体の再編議論の中で今後の方向性を検討する。

 市は7月31日までパブリックコメントを実施する。計画案は市長寿推進課窓口、市政情報コーナー、市ホームページで閲覧でき、意見は専用フォームのほか持参、郵送、ファクス、メールでも受け付ける。

2026年6月26日

奥伊吹HDが黒壁経営主導へ

総会で事業承継決まる

 長浜市が出資する第3セクター「黒壁」の株主総会が23日開かれ、新会社による再生スキームが決まった。市や民間企業など4団体が出資する新会社「黒壁」に事業や雇用を承継する「第二会社方式」で再建を進める。新会社は8月1日から事業を開始する。

 新会社の出資総額は9000万円で、内訳は長浜市4000万円、奥伊吹ホールディングス4000万円、長浜商工会議所500万円、長浜米原観光協会500万円。関西最大規模のスキー場「グランスノー奥伊吹」などを運営し、観光事業で実績のある奥伊吹ホールディングスが経営を主導することになる。

 黒壁は1988年、市や民間事業者、金融機関などが出資して設立。ガラス文化を核に「黒壁スクエア」を中心としたまちづくりを進め、長浜観光の象徴として発展してきた。一方で、長年積み上がった多額の債務が経営の重荷となり、再建が課題となっていた。

 黒壁は「地域経済活性化支援機構」(REVIC)や金融機関の支援を受けて経営改革を進め、3期連続で黒字を確保するなど収益面は改善しているが、過去の設備投資や欠損金で積みあがった約7億4000万円の債務が足かせとなっていた。

 今回の再建では、新会社がブランドや事業、不動産、従業員の雇用とともに返済可能額として約3億円の債務を承継する。一方で残る債務約4億4000万円については現会社に残し、金融機関の協力を得ながら特別清算手続きで整理する。現会社は新会社の事業開始に合わせて「長浜資産管理」との社名に変更。来年、特別清算手続を終結させる予定。

25年度、過去最高益

 黒壁は株主総会後に記者会見を開き、桑名祐司社長が経営再建に向けたこれまでの取り組みと、新会社設立による再生方針を説明。「本質は単なる債務整理ではない。経営改革と人材育成によって収益力を回復し、その事業価値を新体制へ承継する事業再生だ」と強調した。

 黒壁は新型コロナウイルス禍で観光客が激減し、2020年度には売上高が約3億4000万円に落ち込み、営業損失約1億2900万円を計上していた。こうした中、REVICが2021年から支援を開始。23年4月からは桑名氏が現地常駐し、経営改革に乗り出した。

 改革では、経営方針を「収益最大化」と明確化し、組織内の責任や権限を整理。POSレジ刷新やAIカメラ導入による来店分析などデータ活用を進め、売上管理体制を整備した。各部門の幹部が数字を分析し、自律的に改善策を実行できる体制づくりを進めた結果、収益改善につながった。

 その結果、黒壁は3期連続で黒字化を実現し、2025年度の売上高は6億円にのぼり、営業利益は5700万円と創業以来最高水準となった。収益改善の実績があったからこそ、「第二会社方式」での再建に向け、金融機関や新スポンサーの理解を得る大きな材料になったという。

2026年6月26日

北村騎手の写真パネル披露

近江学びあいステーション、競馬ファンら来館

 近江学びあいステーション(米原市顔戸)にこのほど、宇賀野出身で競馬のトップジョッキーとして活躍する北村友一騎手(39)から、サイン入りの写真パネル3枚が贈られた。日本ダービーや天皇賞(春)などの名場面を収めた貴重な写真で、同ステーションでは北村騎手を称える展示コーナーとして紹介。競馬ファンたちが県内外から訪れるなど人気となっている。

 北村騎手は昨年6月の日本ダービーでクロワデュノールに騎乗して優勝し、競馬界最高峰の一つとされる大舞台を制した。さらに先月3日の天皇賞(春)でも同じクロワデュノールとのコンビで初優勝を果たした。この偉業を称えるため、同ステーションは日本ダービー後に祝福の懸垂幕、天皇賞後に新たに看板を設置した。

 天皇賞後、同館の山田裕美館長(70)は講座で作った馬のキーホルダーのうち、黄色の一つを「これからも気をつけて頑張ってほしい」との思いを込めて北村騎手の祖母に託した。受け取った北村騎手は、懸垂幕や看板の設置への感謝も込め、今月9日までに写真3枚を祖母や父母を通して同館へ届けた。

 贈られた写真は、日本ダービーと天皇賞(春)の際のA4判とA3判の2枚に加え、別の競走馬のクロノジェネシスに騎乗した際の勇姿を収めたA1判の大型写真1枚。いずれも北村騎手の直筆サイン入りで、同ステーションが展示の様子をインスタグラムで紹介すると反響が予想以上に大きく、北村騎手のファンや競馬愛好家が各地から足を運ぶようになった。来館者は写真を眺めたり、懸垂幕や看板と一緒に記念撮影をしたりして、名ジョッキーの活躍に思いをはせている。

 写真パネルのうち1枚には「夢よ、何度でも」との言葉が添えられている。山田館長は「旧近江町の期待のホープの北村騎手のように、子どもたちにも夢をもってほしい。そして夢に向かって努力する大切さを感じてもらえたらうれしい」と話す。

2026年6月26日

【湖北史記 其の45】観音坂と朽木街道

 古来、長浜市の市街地が広がる山西部から、米原市の旧山東町(山東部)に行くため、横山丘陵を越えるには、4つの経路があった。一つは前回話題にした北端の龍ヶ鼻を回る道。そして、残り三つは峠越えとなる。北から順番に、垣籠(かいごめ)町より村居田に至る「イヌカイ坂」。石田町坂下から朝日の大原観音寺前に至る観音坂。そして、鳥羽上町から菅江(すえ)に抜ける鳥羽上越えである。観音坂と鳥羽上越えは、昭和8年(1933)と大正12年(1923)にトンネルが設置された。

 この内、横山丘陵の最高峰312㍍の少し南の鞍部(あんぶ)を越えるのが観音坂である。平成28年の新トンネル建設で、坂下側の登り口付近はかなり破壊されたが、坂下集落上部の駐車場を経由して、なんとか旧道を辿(たど)り峠の地蔵まで至ることができる。峠から北に向かえば横山城があり、峠を越えて朝日側に降りる道も残っている。

 峠の地蔵には、信者の方が設置した説明板があり、こんな昔話が書いてある。この地蔵は朽木の殿様が峠を無事に通れるよう祈願するため、家来に命じて安置したものである。峠道を通る道は朽木街道と呼ばれ、その最大の難所がこの峠だった。当地には追剥(おいはぎ)が出て皆が困っていたが、地蔵安置以来は、悪党が出ると小坊主が現れ、旅人を助けた。また、足や腰が痛むお婆さんが七日お参りしたら、すっかり良くなったという話も載せる。

 朽木氏は湖西高島郡の朽木谷に本拠をおく旗本であったが、大名一歩手前の千石台の所領を持つ交代寄合(こうたいよりあい)と呼ばれ、参勤交代を行なった。明確な記録はないが、湖西から船で長浜に至り、黒壁前の交差点から東へ向かい八幡東・宮川(現在の宮司町)・石田を経て、観音坂を越え、春照に出て脇往還を関ヶ原に向かう経路であった。黒壁前の道標には、「たにくみ道」とあるが、これは岐阜県揖斐川町にある谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)への道の意味で、近江国内については朽木街道と同じ経路を指す。

 ただ、不思議なのはこの経路を辿ったという旅人の日記を見ないことである。その中で、長浜城歴史博物館が所蔵する「西国三十三所巡礼道中日記」は、この街道を使った旅人の日記として現在私が知る唯一のもの。阿波国撫養(むや)(徳島県鳴門市)の住人である梅雪ら5人が、明治9年(1876)3月から5月、西国巡礼を行なった時の記録だ。梅雪らは順番通り霊場を回らず、美濃から近江に入って竹生島を詣(もうで)でているが、4月24日には華厳寺に参拝して、上記の方向とは逆に観音坂を越え宮川で泊まって、翌日は竹生島に向かっている。

 いつの日か、朽木の殿様が通ったという記録を確認したいと夢見ている。

 

観音坂から見た石田町坂下の集落

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年1月23日掲載)

2026年6月26日

【湖北史記 其の44】龍ヶ鼻トンネルの謎

 長浜と旧山東町(米原市)を隔てる横山丘陵は臥龍山(がりゅうざん)とも呼ばれる。龍(りゅう)が伏(臥)しているように見えるからだ。丘陵上には円墳や前方後円墳など48基が確認されるが、丘陵先端は、龍(りゅう)の鼻(はな)に当たるので龍ヶ鼻(たつがはな)と呼ばれる。ここには、龍ヶ鼻古墳群が存在し、前方後方墳一基、円墳二基、方墳二基が現存する。さらに、龍ヶ鼻には滋賀県指定史跡となっている巨大な前方後円墳・茶臼山(ちゃうすやま)古墳がある(以上は、48基に含む)。

 この龍ヶ鼻には、昭和43年(1968)まで、北を流れる姉川との間に、延長わずか61㍍の龍ヶ鼻トンネルがあった。実は、ここを通った関ヶ原線(長浜―関ヶ原間の鉄道)が明治16年(1883)に開通した時は、トンネルはなく切通(きりどお)しであった。明治22年(1889)の東海道線全通にともない、鉄道が米原経由で京都へ向かうことになり、この線路は客車を運ばなくなる。ただ、明治24年(1891)1月に貨物線として復活するに際して、前年4月に冬期の雪崩れ防止のため掩蓋(えんがい)(覆(おお)い)としてトンネルを築いたのである。

 トンネルの旧状写真を見ると、上部が平坦で山の斜面が見えず、現在のスノーシェッドの草分けであったことが知られる。同じ目的で設置されたトンネルに、東海道線の米原―彦根間に現存する仏生山(むしやま)トンネルがある(現在、鉄道は通らず)。こちらは複線用に穴が2本横に並ぶ単線並列トンネルで、土石の崩落を防ぐ掩蓋であった。さらに、旧北陸線山中ロックシェッド(福井県南越前町)は、日本遺産の一つにもなっているが、これも落石防止用で、掩蓋トンネルに近いものがある。

 龍ヶ鼻トンネルについては、地元でこんな話を聞いたことがある。一つは、トンネルがない鉄道では、一流の路線とは言えないので、切通しでも十分だが、わざわざトンネルを造った。もう一つは、横山丘陵に臥す龍が鉄道開通により、鼻を出して姉川の水を飲めなくなった。そこで、その通り道としてトンネルを造り、線路上部を渡り水が飲めるようにした、というもの。後者については仏生山トンネルについても同様な話があるらしい。

 雪害防止の掩蓋と記すのは、権威ある『日本国有鉄道百年史』なので、この伝説二つはもちろん根拠不明確な「げなげな話」である。一見無益に思える姿が、こんな伝説を生んだものであろう。鉄道は明治以降の地域の誇りであるから伝説を生む。貨客共に運び、地域の経済に資して来た。これは、現在の車社会になっても同様である。辰(龍)年で北陸新幹線敦賀駅開業の今年、鉄道を誇るべき地域文化として見る視点も復活して欲しい。

 

龍ヶ鼻トンネル跡(米原市側から撮影)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2024年1月11日掲載)

2026年6月26日

【湖北史記 其の43 】大坂の陣と国友鉄砲鍛冶

 12月17日に最終回を迎えた大河ドラマ『どうする家康』だが、終盤の「大坂の陣」における狂気に満ちた淀殿の演技が印象的だった。淀殿は小谷城生まれで、妹の初(はつ)も大坂の陣で仲介役として活躍する。さらに、最後まで家康との戦いを避けようとしていた豊臣家の家老・片桐且元も須賀谷町の出身とされる。大坂で起きた大合戦であるが、意外と長浜との関りも深い。さらに、国友鉄砲鍛冶の活躍がある。

 大河ドラマでも描かれたように、大坂冬・夏の陣では、鉄砲や大砲などの火器の威力がその勝敗を分けたと言える。冬の陣では、家康が牧野清兵衛・稲富重次・中井正清を呼び、砲術の精鋭10数人を集めて、城内の櫓を撃ち破ることを命じた。3人は大坂城北に当たる備前島の片桐且元の陣所から、大筒(おおづつ)100挺を揃えて本丸を攻撃した。この時、片桐は暗殺を恐れて城を脱出、家康方として働いていた。片桐は当然城内に詳しいことから、淀殿御座所(ござしょ)を割り出しての攻撃であったという。

 徳川方の砲弾は淀殿がいた櫓を倒壊させ、その侍女7・8人が建物の下敷きとなり圧死した。城内の状況は地獄の沙汰で、淀殿は早速、わが子秀頼に一刻も早い和睦を頼んだという。この攻城戦を描いた軍記物の記述は多彩だが、使われた火器がどこで製作されたかは記述がない。唯一、『譜牒余録(ふちょうよろく)』という本には、国友鉄砲鍛冶の年寄(統括者)4人が陣所に詰め、鉄砲の掃除を行ない、配下の鍛冶たちも鉄砲の製作にあたったとする。陣所での鉄砲の修理・調整、製作に国友鍛冶が関与したとすれば、使われていた鉄砲・大砲の多くが国友製だったと考えることが可能だろう。

 大坂の陣を前にして、徳川家や江戸幕府から国友へ、大量の鉄砲・大砲の注文があったことは確実だが、その具体的な数量はつかめない。国友鉄砲研究を地元で行なっていた湯次行孝氏は、その総数を3匁(もんめ)玉(口径12㍉)から1貫目(かんめ)玉(84㍉)まで600挺以上と推測されたが、そう大袈裟な数字ではないだろう。

 他方、堺市博物館が所蔵する「慶長大火縄銃」は、大坂の陣用の国友製鉄砲として唯一の確実な遺品である。それは、慶長15年(1610)に、国友甚左衛門が製作し、銃床(じゅうしょう)を堺鍛冶が担当したことが銘(めい)から知られる。また、家康から国友鍛冶たちへ下賜された3領の小袖が現存している。これらは、鉄砲鍛冶の年寄の一人・徳左衛門家に伝来したもので、家康から鉄砲注文を受けた時と、大坂冬の陣後に下賜されたものとされる。この大坂の陣に向けての徳川家康からの大量発注によって、国友鉄砲鍛冶の繁栄は頂点に達した。

 

大坂城天守閣前での国友鉄砲研究会演武(令和2年11月22日)

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2023年12月26日掲載)

2026年6月25日

「公約」実現へ かまどベンチ新設

中央中生徒会、「10万円」で彦工生と製作

 彦根市立中央中学校の生徒会長の岡本伊生君(15)=3年生=が「公約」を実現するため、ほかの生徒会のメンバーと一緒にかまどベンチを製作し中庭に設置。13日、かまどベンチを使って非常食を食べる体験をした。

 市教委は昨年度、市立7中学校の生徒会長の公約実現を支援するため、各校の生徒会に10万円ずつ支給する「生徒会長公約実現事業」を実施。中央中では生徒会長に就いた岡本君が公約に掲げた「みんなが安心する学校づくり」を形にしようと、古くなったベンチの撤収に合わせて、かまどベンチ作りを計画した。

 10万円はかまどベンチの材料と、五目ご飯・鯛めし・わかめご飯など5種類の非常食計100食分の購入費に使用。岡本君たち生徒会のメンバーは、彦根工業高校建設科の生徒たちの指導を受けながら、昨年の3学期から今年4月にかけて製作。コンクリートを敷いた土台に、50個以上のレンガを使って幅約2㍍×奥行き約60㌢×高さ約50㌢で仕上げた。

 この日は岡本君ら生徒会のメンバーら生徒12人が出席。かまどベンチの座る部分を外し、中のに火を付けてやかんで湯を沸かし、沸騰後に非常食に湯を注いで出来上がったご飯をみんなで食べた。

 岡本君は「かまどベンチは安心安全な学校づくりと、生徒たちの防災意識を高めることにも役立つと思う。彦根工業高の皆さんとの共同製作したことも地域とのつながりを感じる」と話した。

(滋賀彦根新聞)

 

 

2026年6月24日

上田興産が高校にベンチ寄贈

長浜北星高で贈呈式、生徒の憩いの場に

 総合物流業の上田興産(高月町高月)は24日、地域貢献活動の一環として長浜北星高に背もたれ付き長ベンチを寄贈した。生徒たちの昼食や部活動の合間の憩いの場として活用される。

 同社は「地域に貢献するビジネストータルサポート」をスローガンに掲げ、2016年から地元高校や養護学校、病院などへの寄贈を毎年続けている。これまで10年間でベンチ208台のほか、グラウンドトンボ32本、車いす2台、冷凍庫1台を贈ってきた。

 長浜北星高への寄贈も毎年続いており、今回を含め15台ほどになるという。ベンチは校内の中庭やグラウンドに設置され、生徒が部活動の合間や昼食時に利用している。

 贈呈式で上田勝樹社長は「先代の社長で、今の会長が青少年育成で地域に役立てればと始めた取り組み。地域の支えがあって10年間続けてこられた。来年以降も続けていきたい」と話した。

 これに対し村中隆之校長は「生徒が昼休みに食事をしたり、座って過ごしたりする場として活用している。地域に支えられていることを目に見える形で実感でき、本当にありがたい」と感謝した。

 今年度は湖北・湖東の10高校への寄贈を予定しており、この日は長浜農業、長浜北星、伊吹、伊香の4校で贈呈式が行われた。