2026年5月20日

半世紀の奉仕、次代へつなぐ

長浜東ロータリークラブ創立50周年

 長浜東ロータリークラブの創立50周年記念式典が16日、北ビワコホテルグラツィエで開かれた。半世紀にわたり地域に根差した奉仕活動を続けてきた歩みを振り返るとともに、「未来へつなぐみどりの架け橋」をテーマに、次の50年への決意を新たにした。

 同クラブは1976年2月20日、長浜ロータリークラブのスポンサーにより誕生。地区内48番目、県内11番目のクラブとして国際ロータリーの認証を受けた。以来、奉仕の理念を柱に、職業奉仕や地域奉仕、青少年育成、会員親睦など幅広い事業を展開してきた。

 クラブ創立と同時に始まった独自の継続事業「みどりのまちづくり事業」では、「湖北にみどりを増やすこと」を目標に地域の環境整備を推進。建設大臣賞を受賞した「豊公園みどりの森」事業をはじめ、市民と協働で進めた長浜新川沿いの桜植樹、神照運動公園への白樫植樹、長浜市役所新庁舎完成記念のクロマツ植樹などに取り組んできた。中でも長浜新川沿いの桜並木は、春になると満開の花を咲かせ、市民に親しまれる景観として定着している。

 50周年記念事業では、豊公園で「未来に咲く平和の桜プロジェクト」を実施。110人を超える親子が参加し、シダレザクラや神代曙桜の植樹、記念石碑の除幕などを行った。また、伊吹山では植生復元プロジェクトとして、シカ防護柵の設置や記念看板整備に協力し、荒廃が進む自然環境の再生支援を続けている。

 また、2011年の東日本大震災を機に福島中央ロータリークラブとの交流が始まり、被災地支援を通じて絆を深めてきた。以降、友好クラブを締結し、相互訪問や交流を継続。今回の式典にも福島中央ロータリークラブの会員16人が駆け付け、長年の友情を確かめ合った。

 式典には、岸本織江副知事、浅見宣義長浜市長、角田航也米原市長、上野賢一郎厚生労働大臣をはじめ、県内各地のロータリークラブ関係者ら約100人が出席。長浜出身の声楽家・上田楽々さんによる国歌独唱で開幕し、歴史を振り返る映像上映や記念事業紹介などが行われた。

 林章浩会長は、「創立時の先輩方は、地域を緑豊かな街にしたいとの強い思いから『緑の森プロジェクト』を立ち上げた。その理念は今も脈々と受け継がれている」と強調。「超我の精神を発揮し、この地域に何ができるのか、何をしなければならないのかを考えながら歩んでいきたい」と力を込めた。

 祝辞に立った上野大臣は、「50年は決して平たんな道のりではなかったと思う。環境保全や震災復興、福島との交流など、どれも地域の心に残る活動ばかりだ」と功績をたたえ、「先行きが見通しにくい時代だからこそ、ロータリーの理念を掲げた活動の重要性はさらに高まる」と期待を寄せた。

 また、創立50年を機に初の女性会員2人が入会したことも報告され、新たな時代への変化も印象づけた。会員らは、先人たちの思いを受け継ぎながら、地域とともに歩む次の半世紀へ決意を新たにしていた。

 式典後には祝賀会も開かれ、最後は長浜港で記念花火が打ち上げられた。夜空を彩る花火に、出席者らは50年の節目をかみしめていた。

 

 

2026年5月20日

命つなぐ382匹救出

田村山 希少種守るリレー

 田村山に生息する希少種「ヤマトサンショウウオ」を守ろうと、田村山生き物ネットワーク(会長=齊藤修・長浜バイオ大客員教授)は17日、幼生の観察と救出作戦を行い、小学生や大学生、地域住民ら約50人が参加した。枯れかけた側溝から計382匹の幼生を救出し、新たな保護池へ移した。

 ヤマトサンショウウオは体長7〜15㌢の両生類で、近畿東部から中部地方南部に分布。水田や池、水たまりで繁殖するが、水環境の悪化などで減少し、環境省レッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類、県レッドリストでは希少種に指定されている。

 田村山での生息が確認されたのは2005年3月。齊藤教授が山麓の側溝で卵塊を発見したことがきっかけだった。地域住民らと結成した同ネットワークは2013年、山麓に保護池を整備し、産卵環境を守ってきた。

 しかし近年は、サンショウウオが山から保護池へ移動する際、道路や側溝が障害となって産卵数が減少。一昨年にはクラウドファンディングで約165万円を集め、山際に新たな保護池を整備した。

 旧保護池や側溝に産んだ卵を移し、新しい池への産卵定着を目指す取り組みを続けている。この日は参加者が長浜バイオ大に集合後、保護池周辺へ移動し、干上がる寸前の側溝水路に取り残された幼生を網ですくい上げた。

 側溝は数日で枯れる状態だったといい、幼生が残れば全滅する恐れがあった。参加者は側溝をのぞき込んで網で慎重に幼生をすくい上げ、旧保護池にいた7匹と合わせ計382匹を救出。湖北野鳥センター自然クラブの有志も参加し、子どもたちは歓声を上げながら幼生を探していた。

 ヤマトサンショウウオには、生まれた場所へ戻って産卵する習性があるという。齊藤教授は「移した個体が新しい池で成長し大人になって、ここへ戻ってくれば、新しい保護池での繁殖が定着していく。一気には難しいが、毎年続ければ5年ほどで安定してくる」と説明。「来年あたりから戻ってくる個体も出てくるかもしれない」と話していた。

 

 

2026年5月19日

平和書店で「本まつり」初開催

著名作家のサイン会・トークなど23日から

 平和書店アル・プラザ彦根店(大東町)は今月23日から6月21日まで、著者のサイン会やワークショップなどのイベント「まるっと初夏の本まつり」を初めて開催する。

 読書離れや書店の減少が全国的に進む中、書店は「本を売る場所」から「文化的な体験を提供する場所」に変化しているという。同店は、市内のサンライズ出版、古本屋の半月舎、本を愛する市民団体・びわこビブリオ道場、長浜市の出版社・能美舎、大阪府吹田市の西日本出版社による実行委員会の協力を得て、「出会いと発見」をテーマに期間中、さまざまな関連イベントを実施する。

 5月の主なイベントは▽23日=午前10時〜と同11時〜「成瀬は天下を取りにいく」の著者の宮島未奈さんのサイン会、午後1時半〜「豊臣秀長の真相 関白の弟から見た天下一統」の著者・太田浩司さんの講演会とサイン会▽24日=午後1時〜出版社「ころから」代表の木瀬貴吉さんトークショー「本づくりで世の中を転がす〜反ヘイト出版社の闘い方」、同3時〜phaさんお話し会「よく眠るための読書術」&「おやすみ短歌」サイン会▽31日=午後2時〜フリースクールてだのふあとスキニシー学校の日々。

 6月の主なイベントは▽6日=午前11時〜かけはし出版代表の藤原潤子さんの絵本講座「『おおきなかぶ』の変身」、午後1時半〜翻訳家・村井理子さんトーク&サイン会▽14日=午前11時〜と午後1時半〜rekkоさんの造形教室「UFOのシャカシャカカプセルシールをつくろう」▽21日=午後2時〜作家の宮下恵茉さんのワークショップ「自分だけの物語を作ろう」&サイン会。いずれも要予約、https://directshop.jp/news/2026/04/25/17695/から。

 ほかに、今月23・24日と6月6日に県内外の出版社19社による直販会、24日に持参の本と他人が預けた本と交換できる「本の交換所」、29日〜6月2日に県内外の古書店8店による古本市などがある。実行委では「色んなものを丸ごと詰め込んだイベントを用意したので、全世代に来てほしい。本と人との縁をつないでいけたら」と来場を呼びかけている。

 問い合わせは同店℡0749(27)3459。

(滋賀彦根新聞)

2026年5月19日

「優秀庭園賞」プレートの除幕

世界バラ連合前会長「本物の雰囲気」

 米原市のローザンベリー多和田の「バラと宿根草の庭」が、広島県福山市内で開かれた世界バラ会議福山大会で、世界バラ会連合優秀庭園賞を受賞。このほど、受賞を記念して園内に建てられた石碑がお披露目された。

 同大会は、世界の40カ国が加盟する世界バラ会連合が3年に一度開催するバラの世界大会で、昨年5月に日本で19年ぶりとなる福山大会が開かれた。同賞は世界で特に優れたバラ園に授与される賞で、ローザンベリー多和田では庭園全体の美しさや管理の質、幅広い年齢層の来園などが評価された。

 世界バラ会連合の本部のイギリスから贈られた盾と説明プレートをはめ込んだ石碑の除幕式が先月30日に開かれ、同連合前会長のダイアン・ヴォム・バーグさんや、日本ばら会の志村雪子理事長、長浜米原観光協会の前川和彦会長、運営会社・メリーデイズの大澤惠理子会長らが出席。除幕後には、大澤会長によるガーデンツアーが行われた。

 ダイアンさんは「ここの庭園はすべて非常に手入れが行き届き、見事に育っていて、本物のイングリッシュガーデンの雰囲気がある。散策するのに楽しく、穏やかな環境をつくり出しており、来園者にすばらしい体験を提供するでしょう」と祝辞を述べた。

朝バラガーデン 午前7時に開園

 ローザンベリー多和田は15日から、通常より3時間早く午前7時に開園する「朝バラガーデン」を行っている。

 同園には約400種類のバラが1000株以上育っている。今年は気温の上昇や日照時間の増加で例年より10日ほど早い開花となっており、6月上旬まで見頃だという。  通常は午前10時開園だが、日光を浴びる朝方に開花し始めるため、より良い香りや開花状況が楽しんでもらおうと、同園は4年前から「朝バラガーデン」を実施。今年は6月7日までの午前7時から同9時半までの時間帯を開園する。初日時点で二分咲きだという。

 入園料は中学生以上1200円、4歳以上~小学生600円、3歳以下無料。火曜休み。午前10時以降の入園時は別途入園券が必要。

 

 

 

2026年5月18日

賤ヶ岳ゆかりの若武者集結

「豊臣兄弟!」出演4人、木之本でトークライブ

 NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」のトークライブが17日、木之本スティックホールで開かれ、藤堂高虎役の佳久創さん、石田三成役の松本怜生さん、加藤清正役の伊藤絃さん、平野長泰役の西山潤さんが出演した。賤ヶ岳の戦いゆかりの若武者4人が集結し、役作りや撮影秘話、湖北への思いを語り、会場を沸かせた。

 佳久さんは高虎について、「でかい武将で、見た目通りだと思うんですけど、実は築城の名人だったり、頭が切れるすごく面白い武将」と紹介した。

 松本さんは三成について、「武力というより知略とか政治の面で活躍した武将」と説明し、「頭の切れる、僕とは正反対の武将」と笑いを誘った。

 伊藤さんは清正について、「どんどん成長していって、賤ヶ岳で活躍していく武将」と語り、西山さんは長泰について「文献が残ってなかったりして、なかなか謎の多い武将」と紹介した。

 会場では、第18話「羽柴兄弟!」(5月10日)の高虎による三成の「抱っこ」が話題となり、佳久さんは、松本さん演じる三成を担ぎ上げる場面について、「現場で決まった」と説明。「このシーン、10回ぐらいやった」と振り返り、「荷物みたいに動かなかったから楽だったよ」と話し、観客の笑いを誘った。

 また4人は、トークライブ前に賤ヶ岳山頂を訪れたことも報告。「景色がすごく良かった」「頂上にずっといたいぐらい」と印象を語った。

 撮影現場について、出演者同士であだ名を呼び合っていることを明かし、「体育会系みたいな感じで、超現場楽しかったですね」と笑顔を見せた。

 伊藤さんは「人生初のトークライブ」と明かし、「俳優人生の中で頭に刻み込まれる日になる」と感謝。佳久さんは「藤堂高虎の成長に注目してほしい」と今後の見どころをアピールした。

 トークライブは北近江豊臣博覧会実行委員会とNHK大津放送局が主催し、2部制で開催された。

 

 

 

 

2026年5月18日

三成イメージの地酒「佐和山のしずく」

裏切られた悔しさ「超辛口」で表現、近江や蔵

 彦根市本町1丁目の居酒屋・近江や蔵は、石田三成をイメージした地酒「佐和山のしずく」を考案。同店などで販売している。

 NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」に三成が登場する時期に合わせて、三成が城主を務めた佐和山城跡に訪れる人が増えることを願って、高島市の福井弥平商店に醸造を依頼。関ケ原の合戦で小早川秀秋に裏切られた無念さや敗戦の悔しさを表現するため「超辛口」での地酒作りを求めた。

 完成した「佐和山のしずく」はすっきりとした切れ味で深みがあり、近江牛や湖魚の料理とも相性がいいという。ラベルには、墨絵師の御歌頭氏が書いた三成のイラストや、想像の佐和山城天守などが描かれている。先月には千代神社で清め祓いも行った。精米歩合60%、アルコール分16度。720㍉㍑。1本2470円。

 同店の若林政宏代表(64)は「三成公の思いを感じながら味わってほしい。ファンは泣いて飲んでくれるはず。観光客が増えて、三成公を主人公としたドラマや映画も増えたらうれしい」と話していた。同店やワインセラー銀座ヤマガタヤ(銀座町)で販売している。

(滋賀彦根新聞)

2026年5月15日

【湖北史記 其の27 】開町350年記念の社標を書いた浅野長勲

 今年の長浜は、開町450年祭のイベントが目白押しである。本シリーズ「其の1」で、豊国神社が主宰した開町400年祭の石碑は紹介したが、同じく大正13年(1924)の開町350年祭の記念物も残っている。豊国神社の南正面の鳥居に向かって右側に建つ社号標である。ここには、左側面に「長浜開町三百五十年記念建之」とあり、裏面に「豊國神社」の社号揮毫者(きごうしゃ)として「従一位勲(じゅいちいくん)一等侯爵(こうしゃく) 浅野長勲(ながこと)」と刻まれる。

 揮毫者の浅野長勲は、秀吉の家臣として知られる浅野長政の子孫である。長政は秀吉の正室の北政所の「ねね」が養女に入った浅野家の婿養子で、秀吉とは「ねね」、その妹「やや」(長政妻)を介して「相婿(あいむこ)」となる。長政は秀吉の五奉行をつとめ、秀吉没後は和歌山藩37万石の藩主となった。その後、同家は広島藩主に移封、多くの豊臣家臣が徳川家によって改易(かいえき)に追い込まれるなか、幕末まで広島藩主の地位を保った。忠臣蔵で有名な赤穂藩浅野内匠頭(たくみのかみ)は、長政三男の流れで広島藩浅野家の別家である。

 長勲は広島藩最後の12代藩主で、明治維新後の明治2年(1869)に藩主となった。ただ、翌々年の廃藩置県で免官され東京に移る。日本で初めての洋紙製造工場(王子製紙の前身)を設立したり、イタリア公使も勤め明治以降も活躍した。昭和12年(1937)、94歳の長寿をもって死去した。

 その長勲の祖である浅野長政は、意外と長浜にもゆかり深い。天正2年(1574)9月11日付けの浅野弥兵衛(やひょうえ。長政)宛の秀吉宛行状によって、最初の領地は伊香郡持寺(高月町持寺)120石であったことが知られる。まさしく長浜城下町の造成中の話で、長政の屋敷も当然、長浜城内にあったであろう。

 旧浅井氏家臣には、長浜城主時代の秀吉に登用され、広島藩士になった者も多い。たとえば、坂田郡野一色村(米原市野一色)の地侍・野一色勝右衛門(かつえもん)長頼は横山城主時代の秀吉に降伏に赴き、その場で長政家臣となるよう命じられた。その子の仁右衛門(にえもん)秀長は元和5年(1619)の段階で、二百石取りの広島藩士であったことが確認できる。坂田郡柏原(米原市柏原)の地侍であった箕浦氏も、広島藩浅野家の重臣となった。

 この浅野家と北近江との深いつながりを知ってか、開町三百五十年記念の社号揮毫は浅野長勲に依頼された。長浜の地は、後に全国へ飛躍する武将たちが秀吉に仕官し住(じゅう)した町だ。浅野長政はもちろん、加藤清正や福島正則らも、長浜時代の思い出を持っていたはずである。長浜が近世日本社会のルーツであることは、この点からも言い切れる。

浅野長勲が揮毫した「豊國神社」の社号標

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2023年5月9日掲載)

 

2026年5月15日

【湖北史記 其の26 】「鉄道唱歌」に歌われた長浜

 沿線の史跡などを詠み込んだことで知られる「鉄道唱歌」の東海道篇(全66曲)は、国文学者の大和田建樹(たてき)の作詞で、明治33年(1900)5月に出版された。音楽教育者の多梅稚(おおのうめわか)と雅楽奏者の上真行(うえさねみち)による2種類の曲が最初から付けられていた。どちらで歌ってもよいという配慮である。現在、「汽笛一声新橋を」とよく知られるテンポがよい2拍子の曲は多(おおの)の作で、叙情豊かな4拍子の上(うえ)の作曲した曲は、ほんとんど忘れ去られている。

 「鉄道唱歌」は沿線の名所旧跡を歌い込んでおり、沿線観光ガイドの役割を果たしたが、副題として表紙に「地理教育」とあるように、居ながらにして日本各地の情報が得られる書籍の役割も果たした。

 楽団を乗せた列車を走らせるなど、奇抜な宣伝が功を奏して、この唱歌は大流行となった。その年の9月には山陽・九州篇、10月には奥州・磐城(いわき)篇と北陸篇、11月には関西・参宮・南海篇が続々と出版されている。いずれも、作詞は大和田建樹であったが、作曲は上記の2人の他、田村虎蔵・納所(のうしょ)弁次郎・吉田信太(しんた)が起用された。しかし、テンポが良くヨナ抜きの日本音階で作られている多梅稚の曲が圧倒的に支持され、納所と吉田の作曲で出版された北陸篇ですら、多(おおの)の曲で歌われるようになる。

 すでに、「鉄道唱歌」よりも早く、明治15年には敦賀への鉄道が開通していた長浜沿線を歌った唱歌は、当然北陸篇に含まれる。同篇は上野駅を出てかつての信越本線の経路で、新潟県直江津(なおえつ)駅まで北上、そこから北陸本線を南下し米原に至るもの。米原駅で最終72番になる。68番には賤ヶ岳七本槍を詠み込み、69番が木ノ本駅で、秀吉が大返しで乗り殺した馬を埋葬したという「轡(くつわ)の森」と地蔵を詠み込んでいる。

 70番が長浜。「縮緬(ちりめん)産地の長浜に 出(い)でて見わたす琵琶の海 大津に通う小蒸気(こじょうき)は 煙ふきたて人を待つ」の七五調歌詞だ。長浜の浜縮緬は高級ブランドとして全国で通用した。また、唱歌がつくられた年には、すでに東海道線は全通しており、長浜の鉄道連絡船駅としての機能は失われていたが、長浜周辺からの旅客を大津へ運ぶ船便はまだ健在だったことが知られる。このように「鉄道唱歌」は、当時の世相を反映する史料でもある。

 長浜の旧駅舎等からなる鉄道スクエアでは、月末の30日、この「鉄道唱歌」で家康の生涯をたどろうという企画がある。是非、長浜に居ながらにして明治の旅に出かけてみないか。詳細は長浜観光協会(℡53・2650)まで。

滋賀県有形文化財となっている旧長浜駅本屋

 

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2023年4月25日掲載)

2026年5月15日

【湖北史記 其の25 】長浜450年戦国フェスティバル 発会式の会場

 4月1日、大通寺の新御座(しんござ)において、長浜450年戦国フェスティバルのオープニングセレモニーが開催された(写真)。この新御座は、先に公開された木村拓哉さん主演の映画「レジェンド・アンド・バタフライ」でも使われた。信長が安土城において、家康の前で明智光秀を足蹴(あしげ)にするシーンである。この新御座、重文(重要文化財の略)の広間の背面にあるので、あまり知られていない建物だが、上段の間があり、広間と同じく対面所であることは間違いない。「新御座」の「新」は同じ対面所である広間より「新しい」という意味ではないかと思う。

 この建物、少々建築学的に構造を述べると、南北通りの中央で2列に分かれ、東側は上段の間(16畳)と下段(28畳)からなる。西側は多彩な襖絵に囲まれた5つの小部屋が並ぶ。東側と西側の列は、市指定文化財の岸駒(がんく)による見事な梅図12面によって仕切られている。岸駒の作品は、天明6年(1786)の作だ。上段の背後は、幕末の絵師である狩野永岳(えいがく)による琴棋書画図(きんきしょがず。人々が琴や将棋、書画をたしなむ図)が描かれる。

 大通寺の記録によると、新御座は文政9~11年(1826~28)に再建され、さらに、大正元年にも再建されたという。大通寺に残る文政の再建直前の絵図によれば、現在の上段部分がないので、以前はもう少し小規模な建物であったようだ。岸駒の絵はそれ以前からあったが、狩野永岳の絵は文政再建に当たって、増築された上段部分に新たに描かれたと考えられている。この新御座の来歴は不明な部分もあり、大正再建は疑問視する向きもある。

 この他、大通寺には明暦(めいれき)3年(1657)建立の本堂、ほぼ同時期建造の広間があり共に重文。後者の上段は狩野派の障壁画(しょうへきが)でおおわれる。その奥には、狩野山楽・山雪の襖絵で飾られる含山軒(がんざんけん)と呼ばれる客殿・庭園もある。含山軒は伊吹山を借景(しゃっけい)に使った(山を含んだ)という意味。西に接続する客殿・蘭亭(らんてい)には「蘭亭曲水の図」が描かれて、庭園も附属する。いずれも重文で、庭園は国指定名勝。

 現在の大通寺の建物は、この含山軒が最奥(最北)だが、江戸時代の絵図を見ると、さらにその北にも学問所(庭園のみ残る)など多くの建造物が立ち並んでいた。この今はない北側建物の東には「お裏(うら)庭園」が広がる。中央に池泉を配し、舟遊びや和歌の会などが開かれていたと推測される。この庭園は長浜市の都市公園「大通寺公園」として、市民に公開されているので、是非訪れてみるといい。大通寺は建物・襖絵・庭園の魅力が満ち満ちており、さながら街中の美術館と言える。

淡海歴史文化研究所 所長 太田浩司

(滋賀夕刊 2023年4月13日掲載)

2026年5月15日

秀吉の城下町でリアル謎解き

演劇×街歩き、16日長浜市街地で

 豊臣秀吉が築いた城下町・長浜を舞台に、演劇と謎解き、街歩きを融合させた体験型イベント「一攫千金!殿、こちら御朱印状にございます」が16日、市街地一帯で開かれる。大河ドラマ効果で長浜の注目が高まる中、街そのものを舞台とし、主催者は「秀吉の時代に思いをはせてもらいたい」と参加を呼びかけている。

 主催するNPO法人「はまかる」のメンバー9人が町人役として街中に登場。参加者は曳山博物館広場でのオープニングアクトを観賞後、町人たちと会話しながら謎を解き、破れた御朱印状の復元を目指して城下町を巡る。

 舞台となるのは、曳山博物館から土田金物店、四居家、金屋公園を経て大通寺山門へ至る一帯。秀吉が「日本一の商売どころ」を目指して整備した町並みを歩きながら、戦国時代の空気感を味わえる仕掛けとなっている。

 ゴール地点は、北近江豊臣博覧会の会場でもある大通寺。イベントを通じ、博覧会への誘客や中心市街地の回遊促進にもつなげたい考えだ。

 オープニングアクトは午前10時、11時、午後1時、2時の4回上演。商いでにぎわう城下町を舞台に、重要な御朱印状を巡って町人たちが右往左往するドタバタ劇が展開される。その後の謎解きの所要時間は40〜60分。参加無料で、当日参加も受け付ける。

 はまかる代表理事の磯崎真一さんは「謎解きを楽しみながら、より深く長浜のまちを知ってもらい、また来たいと思ってもらえる街にしたい」と話している。

2026年5月15日

赤 白 黄…庄堺のバラ見頃

142種1431本、キッチンカーも

 彦根市開出今町の庄堺公園内のバラが見頃を迎え、来園者が写真撮影をしたり、香りをかいだりして楽しむ光景が見られる。16日からはキッチンカーで飲食を販売する「バラカフェ」がオープンする。

 約2000平方㍍のバラ園には、ピンクのクイーンエリザベス、赤のクリスチャンディオール、白のパスカリ、朱のローラ、黄の天津乙女などが植えられている。イングリッシュローズのコーナーもある。

 バラの種類は、2018年4月から管理している指定管理者の高木・技研特別共同体が新種を入れたり、植えるエリアを広めたりしている。現在は142種類(昨年136種類)の計1431本(同1470本)が育っている。

 今年は同公園管理事務所の作業員3人とボランティアの市民23人が育て、一部が満開となっている。6月上旬まで見頃だという。10月上旬にも咲く予定。入園無料。

 バラカフェは園内の簡易の休憩所に3〜4台のキッチンカーが配置され、からあげ、たこ焼き、クレープ、ソフトクリーム、フルーツサンド、タピオカドリンク、雑貨などが販売される。今月24日までの午前10時から午後4時までだが、雨天時中止。

(滋賀彦根新聞)

2026年5月15日

古典からJ‐POPまで多彩な舞踊

壽扇流壽扇会、6月7日に長浜公演 会主は25歳・福本さん

 古典からJ—POPまで多彩なジャンルの舞踊を一つの舞台で表現する「第二十七回舞踊壽扇流壽扇会公演」が6月7日、長浜文芸会館で開かれる。会主を務めるのは、五村の師範・福本扇佳さん(25)。格式と伝統を重んじる日本舞踊の世界では異例ともいえる若さで公演を担い、「好きな曲で自由に踊れる日本舞踊」を掲げ、新たな舞台づくりに挑んでいる。

 舞踊壽扇流壽扇会は1998年12月、多賀大社本殿で創流祈願を受け発足。古典舞踊の「長唄」「清元」「常磐津」「義太夫」などを基礎に据えながら、演歌や歌謡曲、J—POPにも日本舞踊の所作を取り入れる独自の舞台が特徴。現在は滋賀、三重両県を中心に、小学生から80代まで38人が所属している。滋賀支部は湖北まちづくりセンター、虎姫まちづくりセンターなどで活動している。

 福本さんは3歳から舞踊を始め、5歳で初舞台を経験。以来20年にわたり舞台に立ち続けてきた。若くして会主を務めることについて、「会員の高齢化が進む中でも、どんな形でも踊り続けられる場を守っていきたい。日本舞踊をもっと身近に感じてもらえれば」と話す。

 今回の公演テーマは「伝統から生まれる新たな舞踊ここにあり」。福本さんは「日本舞踊は格式が高く、決まり事が多いイメージを持たれがちだが、壽扇会では古典と新舞踊を分けて考えていない。古典の積み重ねの先に新しい舞踊がある。好きな曲で踊る楽しさを感じてもらえたら」と語る。

 舞台は2部構成。第1部では「文殊獅子」「望郷じょんがら」「大和楽江戸風流」など、第2部では「春夏秋冬屋形船」「清元玉屋」など、古典と現代曲が交差する多彩な演目が並ぶ。米津玄師さんの楽曲「地球儀」「死神」を取り入れた演目も予定しており、日本舞踊になじみの薄い若い世代にも親しみやすい内容となっている。

 開演は午後0時半。入場無料。全席自由席。

2026年5月14日

モミジ10本植樹、紅葉の丘育てる

長浜RC75周年事業「にしきのおか」

 長浜ロータリークラブは9日、豊公園内に整備した「にしきのおか」で市民記念植樹式典を開き、モミジ10本を植樹した。

 「にしきのおか」は、同クラブ創立75周年記念事業として、長浜城歴史博物館東側に整備された紅葉の丘。約2700平方㍍の敷地にイロハモミジなどが植えられ、遊歩道や健康遊具、ベンチも設けられている。3月14日にはお披露目と記念碑の除幕式が行われた。

 この日の植樹式には、長浜西中学校吹奏楽部の部員をはじめ、長浜市シルバー人材センターやローターアクトクラブの関係者らが参加し、地域ぐるみで取り組んだ。

 式典は吹奏楽部による全日本吹奏楽コンクール課題曲「あつまれおもちゃのマルチャ!」のフラッシュモブで幕開け。「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「銀河鉄道999」なども披露された。

 その後、参加者全員がスコップを手に、高さ約3㍍のモミジの若木を協力して植え込んだ。

 同クラブの中村彰男会長は「次世代の子どもたちが来てくれたのがうれしい」とあいさつ。「『にしきのおか』の文字は京都・清水寺の森貫主に書いていただいた。清水寺の下を流れる音羽川は秋になると紅葉の川になる。この場所でも秋の紅葉を楽しんでほしい」と述べ、「皆さんのやすらぎの場所となり、平和が続くことを願っている」と話した。