戦争の姿 子々孫々に

元特攻隊員の若林さん訴える

 旧日本軍の元特攻隊員・若林良太郎さん(95)=石田町=が18日、長浜市役所で藤井勇治市長と対談し、「戦争の姿を正しく子々孫々伝えなければならない」と訴えた。

 若林さんは長浜商業学校(長浜北星)を卒業後、学徒動員で川崎市の軍需工場へ。後に徴兵され、3カ月の入隊訓練の後、東京の立川飛行場の航空隊へ配属された。特攻隊員として訓練に励み、沖縄に散った隊長に続いて特攻する予定だったが、出撃命令がないまま終戦を迎えた。

 若林さんは入隊訓練で上官に殴られて奥歯が折れるなど理不尽な暴力が横行した当時のようすについて説明し、「訓練はとにかくお国のため、天皇陛下のためだった」と振り返った。また、軍需工場で一緒に働いていた英国人捕虜が監視官に鞭で打たれていたことを振り返り「それはそれは可哀そうだった」と語った。

 特攻隊員に選ばれた際の心境について「精鋭の特攻隊員に選ばれた以上は必ず死ぬ。それが帝国陸軍の特攻隊員に選ばれたプライドだった。そういう風に洗脳された」と語った。だが、戦況悪化で燃料や食料が不足し敗戦が濃厚になる中、「なんで死ななあかんのか」とも葛藤し、玉音放送に「やれやれと思いました」と語った。

 「軍事教練ばかりで勉強もできず、自由もなく、暗黒の青春だった」と語る若林さん。「戦争は絶対にしたらあかん」と繰り返し訴えた。

 藤井市長は「英霊が祀られている靖国神社に天皇陛下や内閣総理大臣が終戦記念日に行けない。これをどう思いますか」と尋ねると、若林さんは「参拝するのは日本人として当然」としたうえで、特攻隊を作り出したA級戦犯も合祀されていることを疑問視し「分祀すべきと思う」と語った。

 藤井市長は「民主主義の時代に育った若い人に語り続けて欲しい」と話しかけていた。

掲載日: 2020年08月19日