どうなる?お産 ⑯-⑰

⑯世界共通の「ポジティブな出産」の定義とは?

 世界保健機関(WHO)は2018年、22年ぶりに正常出産ガイドラインを改定した。その翻訳版のタイトルは「WHO推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」(医学書院)という。各紙の過去記事を検索してみたが、WHOがガイドラインを改訂したことを伝える報道は少なかった。そこで、今回はガイドラインをそのまま紹介してみたい。

 WHOが定義する「ポジティブな出産」とは、「女性がそれまで持っていた個人的・社会文化的信念や期待を満たしたり、あるいは超えたりするような体験。臨床的にも心理的にも安全な環境で、付き添い人と、思いやりがあって技術的に優れた臨床スタッフから、実際的で情緒的な支援を継続的に受けながら、健康な赤ちゃんを産むこと。これは、ほとんどの女性は生理的な出産を望んでおり、意思決定に参加して個人的な達成感やコントロール感を得たいものだ、という前提に基づく」。この定義は、20カ国における37件の研究を元に導き出されているという。

 ガイドラインの監訳を担った元WHO職員で国立国際医療研究センターの永井真理さんは「医療従事者が女性に正確な情報を十分に提供し、相談に乗り、それを基に女性自身が自らの価値観に基づいて判断する機会があり、その判断を医療従事者が尊重する。こうした一連の流れを通して、『できるだけ安全で、かつ、できるだけ喜ばしい』妊娠出産が実現される。妊娠・出産は長い人生からみると一瞬で過ぎてしまう通過点であるが、『色んな情報を基に、相談しながら、最後は自分が決める』ポジティブな体験は、女性にとっても非常に大切である。その経験は、『子どもをどう育てるか』『自分はどう生きるか』『産むか産まないか』など、パートナーや子どもや社会との関係性にも影響を与える。そして、その後の人生を精神的に自立して歩むことにつながるだろう」(6月7日、週刊医学界新聞)。

 私はこの取材を始めるまで、お産に「ポジティブ」や「ネガティブ」があると意識したことがなかった。だから、「ポジティブ」と言われてもピンとこなかった。研究では「女性は産婦を尊重したケアを求めている」ということが世界中で一貫していると分かったという。私の周産期はどうだったか。赤ちゃんが順調に成長しているか、何事もなく産めるかに夢中で、「自分が尊重されたケアがされているか」を考えたことがなかったかもしれない。

 

(7月19日掲載)

 

望めば変わる 各地で継続ケア事業開始

 私はこれまで「お産は命がけだ。赤ちゃんが無事に生まれてくれるなら、私がどんな経験をするかは二の次だ」と思っていた。でも、取材を通して出会った女性たちに「それは違う」と諭された。「妊娠初期から産後を通して、お母さんが大切にしたいと思っていることを大切にされたと思えたら、お母さんは赤ちゃんを大切にできる」と言う。「自分が尊重された経験がなければ、人を尊重できない」と言われた言葉が胸に刺さった。

 話をしてくれたのは、すべての妊婦がポジティブな出産を経験することを目指す「出産ケア政策会議」の皆さん。共同代表を務める日隈ふみ子さん、古宇田千恵さん、ドーリング景子さんは、それぞれニュージーランドで同一の助産師による産前出産産後の継続ケア制度(LMC制度)について取材、調査研究した経験がある。3人は2016年、日本でもLMCの制度化に向けた検討を始めた。翌年には政策的な視点を持って具体的に活動する会員を全国に募り、助産師や母親ら計24人で同会議を発足した。会員は、今では約100人に増えた。 

 会議は、これまでに先行するモデル事業の発掘・紹介、一般向けウェブサイトやリーフレットの制作、国や地方議員、自治体首長へのロビイング、自民党若手議員の勉強会へ参加してきた。

 LMC制度を実現するためには、助産師のケアの質や経験値の底上げも課題の一つだ。日本で働く助産師の多くは病院や診療所に勤務し、継続ケアの経験が少ないという。会議では、助産師に継続ケアの経験を積む機会を提供したり、講座を実施するなど人材育成にも努めているが、構造的な改革の必要性を訴える。

 日本では教育においても、資格や働き方においても、看護師と助産師の役割の違いが明確になっていない。世界では助産師専門の教育機関を卒業し、「助産師」として働くのが一般的で、本来の業務に集中できる環境があるという。G7の中でそうでないのは日本だけだそうだ。同会議は「日本の助産師は看護も担当せねばならず、助産に集中できていない」と言う。

 現状では、妊産婦の99%が診療所か病院で出産し、残りの1%だけが開業助産師による継続ケアを受けている。会議が目指す変革はとても難しいことだ、と思う。でも、実際に彼女たちが働きかけた結果、兵庫県の2市町では一部の妊産婦を、大阪府寝屋川市では全妊産婦を対象にした、助産師による産前産後の部分的な継続ケア事業が始まった。自民党では「こども庁」創設案に参考とすべき仕組みの一つとして、LMC制度が示された。社会は少しずつ、変わり始めている。

 私もそうしたいと望み、動けば、社会を変えていけるのかもしれない。まずは地元の仲間たちとどんな産前出産産後ケアを受けたいと思うのか、自分事として語り合ってみたいと思う。

 

堀江昌史

(7月28日掲載)

 

掲載日: 2021年07月28日