どうなる?お産 ⑫-⑬

助産師の活躍 高いハードル

 助産師の継続的ケアを受けた妊産婦は産後うつや育児不安を抱える人が少ないという。産科医不足が深刻な今、産科不在の地域にこそ妊婦健診や分娩、産前産後ケアができる助産所が増えたらよいのでは。

 「そんなに単純じゃない。すごく難しいのよ」。分娩を取り扱うある助産師は苦言を呈した。

 第一に、分娩の異常時に連携する「嘱託医師及び医療機関」を見つけることの難しさがあるという。旧医療法は産科以外の合意でも許されたが、2017年に「産科医師・産科と小児科がある医療機関」に合意を得なければならないと改正された。集約化が進む現在、産科医師数も両科がある医療機関数も少なく、緊急時30分以内に搬送できる距離にあるとは限らない。あっても過酷な勤務をこなす医師や病院から合意をとるのは至難の技だ。

 嘱託医師・医療機関の合意を得ている助産師の一人は「病院の合意なしに、助産師たちは分娩を取り扱うことはできない。医療界には助産師の取り扱うお産に否定的な考えもあり、合意を受け入れてもらうためには医師や病院の理解が必要」。

 第二に、経済的なハードルも高い。日本助産師会が、分娩を取り扱う助産所に備えるべきとする機械や備品は20種類以上。すべて購入すれば300万円近くになるという。

 また、万が一の事態に備え、助産師たちは「助産所賠償責任保険」に加入する。お産を預かる妊婦や合意を得る医療機関と信頼関係を結ぶために必要な仕組みだ。掛け金はその年によって増減するが、1人年間約20万円。周産期全体に寄り添う助産師は年間に引き受けられるお産の数が限られている。高額な保険料は大きな負担だ。

 第三に、そもそも分娩取り扱いができる助産師の確保が困難だという。日本助産師会が産科医師や助産所開設者らに実施したアンケート調査によると、助産所開業に必要だと思う経験数の平均値は経験年数12年、分娩件数533件、妊婦健診814例。ある助産師は「経験年数を積んでいても医師主導のお産が主流になり、助産師主導のお産技術を学んできた人はほとんどいない」と話す。お産となれば24時間以上掛かることは珍しくなく、技術を持つ助産師が複数で対応する必要がある。

 確かにこれだけの条件を揃えるのは大変だ。そして助産師たち何より口にするのは「女性たちが求めてくれるかどうか」と言う。帝王切開経験者の私がもし第二子を授かったら「産前産後のケアは助産師に、出産は病院で」とお願いしたいが、出産に関する医療費は基本は自費診療。求めたいけど、経済的に求めにくい。

(6月16日掲載)

 

お産先進国 ニュージーランド

 助産師への取材で、産前出産産後を通して同じ人の継続ケアを受けることが産後ウツや育児不安を予防すると知った。しかし、万が一の時には救急搬送となる助産院でのお産に不安を感じる人は多い。私のような帝王切開経験者も次の子は病院出産になるだろう。とはいえ、シフト制で働く病院の勤務助産師に産前産後に渡って継続ケアを受けることは難しい。過酷な勤務をこなす産科医に妊婦一人一人の心のケアは担えない。そこで「産前産後ケアは開業助産師に頼みたい。出産は病院で」と希望すれば、助産師のケアは自費診療になるので経済的に厳しい…。

 ところが、世界にはリスクや出産場所に関係なく継続ケアが無料で受けられる国があるという。ニュージーランド(NZ)だ。日本では多くの人が妊娠がわかればまず病院か診療所に行くが、NZではまず自分を担当してくれる専門家(LMC=Lead Maternity carer)を探すところから始まる。専門家とは開業産科医、産科を学んだ家庭医、開業助産師のいずれかで、妊娠初期から出産・産後6週間まで一貫したケアを提供する(開業産科医は有料)。帝王切開経験者や妊娠合併症など病院で産む可能性が高いハイリスク妊娠であっても、産科医と協同して継続ケアを提供する体制がとれているため、妊婦はLMCに助産師を選べる。NZ保健省によれば、9割以上の妊婦が助産師を選ぶという。2018年に出産したジャシンダ・アーダーン首相も助産師を選んだ。

写真)アーダーンNZ首相は第一子出産の翌日、担当助産師への感謝の言葉をSNSに投稿した=首相のフェイスブックより

 

 出産する場所も経過に問題がなければ自宅、バースセンター(助産師主導の出産施設)、病院など自分が安心して出産に臨める場所を選べる。病院を選んでも「開放型病院(オープンシステム)」と呼ばれているシステムを利用して、LMC助産師の介助を受けたお産ができるという。それに、病院にはハイリスクの出産や緊急時の周産期医療に専念している常勤の産科医がいるので、万が一の時には医療的介入を任せることができる。例えば帝王切開でもLMC助産師は立ち会ってくれるそうだ。産後は入院施設か自宅に最低7回以上はLMCが訪問し、母親のサポートに当たってくれる。

 NZは、1995年「LMC制度」が導入された。NZ保健省によると、9割の女性がLMCのケアに満足しているという。日本でLMC制度を広げようと活動する「出産ケア政策会議」の調査によると、「同一助産師による継続ケアを受けたい」と答えた女性は85%。女性のニーズに答えるためにも、日本でももっと助産師の活躍が期待できるのではないだろうか。

堀江昌史

(6月22日掲載)

掲載日: 2021年06月22日