長浜のまちづくりけん引 笹原司朗さん死去

黒壁設立に尽力、2代目社長

 長浜市の中心市街地活性化に尽力し、第三セクター「黒壁」の設立に参画するとともに、2代目社長として発展を支えた笹原司朗(ささはら・もりあき)さんが10日午前11時11分、悪性リンパ腫のため自宅で死去した。85歳。

 笹原さんは1941年2月3日生まれ。地元企業・琵琶倉庫の経営に携わる傍ら、若くから地域活動に力を注ぎ、1974年には33歳で長浜青年会議所理事長に就任した。

 1988年には、取り壊しの危機にあった旧第百三十国立銀行長浜支店(通称・黒壁銀行)の保存運動に携わり、黒壁の設立に参画。1999年には2代目社長に就任し、ガラス文化を核としたまちづくりを推進した。

 歴史的建造物の保存と商店街活性化を両立させる取り組みは全国から注目を集め、多くの自治体や団体が長浜を視察。黒壁スクエアは年間200万人が訪れる観光地へと成長し、地方都市再生の先進事例として全国的に知られるようになった。

 笹原さんは講演や視察受け入れにも積極的に取り組み、長浜での経験を全国へ発信。中心市街地の歴史や文化を生かしたまちづくりの重要性を訴え続けた。その功績が評価され、2003年には内閣府と国土交通省が選定する「観光カリスマ百選」に認定された。

 また、旧長浜北高校OBで、野球部監督として1963年夏と1983年春の2度にわたり同校を甲子園へ導いた。長年にわたり高校野球の発展にも尽力し、湖北地域の野球関係者から厚い信頼を集めた。

 通夜は12日午後7時から、葬儀は13日午前10時半から、長浜市加納町の長浜セレモニー長浜式場で執り行われる。琵琶倉庫、笹原商店、笹原家の合同葬。喪主は笹原司之(もりゆき)さん。自宅は長浜市宮前町11の11。

 

黒壁設立メンバーの記念写真。笹原さんは右から4人目

掲載日: 2026年06月12日