長浜市太田町、国の審議会が答申
国の文化審議会は21日、江戸時代に庄屋を務めた旧家「赤田家住宅」(太田町)を国の登録有形文化財にするよう文部科学大臣に答申した。官報告示などの手続きを経て登録されれば、市内の登録有形文化財(建造物)は43件となる。
答申されたのは、赤田家住宅主屋(1910年築)、離れ座敷(1916年築)、土蔵(1917年築)、物置(1967年頃築)、正門(江戸時代後期築)の5件。
家伝によると赤田家は嵯峨源氏の流れをくみ、戦国時代には六角氏や浅井氏に仕えた。浅井氏滅亡後は当主の弟が現在地に移って帰農し、江戸時代には代々庄屋を務めた。大垣藩士の家に生まれ入り婿した10代目は地元の学校で教師を務め俳人としても活躍。屋敷では句会が催され、煎茶がふるまわれていたという。11代目は実業家で名古屋市議会議員も務め、茶人としても活躍した。
主屋は江戸時代の建物が1909年の姉川地震で倒壊したため翌年に倒壊建物の部材の一部を利用して再建され、木造2階建ての桟瓦葺(さんがわらぶき)、片入母屋造(かたいりもやづくり)。「地域の庄屋の屋敷構えを伝える大規模農家建築であるとともに、県指定名勝の赤田氏庭園への眺望が優れた上質な建物として貴重」と評価している。
離れ座敷は木造2階建て、桟瓦葺、切妻造(きりづまつくり)。円窓からの景色が座敷を彩り、「煎茶文化に精通した文人好みの離れ座敷」としている。
正門は江戸時代後期に建てられ、建造物の中で最も古いと考えられる。現在では珍しい茅葺屋根で、赤田家の屋敷景観を構成する重要な建物となっている。