秀吉・秀長支えた「近江衆」

長浜城歴史博物館で企画展 長浜ゆかりの武将、奉行紹介

 長浜城歴史博物館で25日、企画展「秀吉、秀長と天下を支えた近江衆—長浜ゆかりの武将と奉行」が始まった。初代長浜城主の羽柴秀吉と弟・秀長に仕え、天下統一を支えた長浜ゆかりの武将や奉行に焦点を当て、肖像画や古文書などを紹介する。

 秀吉は織田信長の家臣として浅井長政の戦いで功績を挙げ、戦後に北近江の浅井家旧領を与えられて長浜城を築いた。長浜を拠点に武将として飛躍し、本能寺の変後は秀長とともに山﨑の戦い、賤ヶ岳合戦、小牧・長久手の戦いなどを経て天下への道を進んだ。こうした秀吉、秀長兄弟を支えたのが、長浜城主時代から家臣となった長浜出身の武将らだった。

 企画展では、坂田郡石田村(現・長浜市石田町)出身で豊臣政権の五奉行となった石田三成と兄・正澄、浅井郡須賀谷(現・須賀谷町)出身の片桐且元、貞隆兄弟をはじめ、宮部継潤、小堀正次、脇坂安治ら「近江衆」と呼ばれる武将や奉行の足跡をたどる。

 前期には、1585年に秀吉が竹生島へ送った重要文化財「羽柴秀吉朱印状」を展示する。秀吉への贈り物に対する礼状で、石田正澄の名が記されており、正澄が秀吉の使者として活動していたことが分かる。後期には、三成の旗印と伝わる「大一大万大吉」を小袖や肩衣にあしらった「石田三成像」が並ぶ。

 通期展示では、賤ヶ岳合戦での武功をたたえ、秀吉が脇坂安治に3千石を与えた「羽柴秀吉判物」や、秀長に仕え奉行として活躍した小堀正次の肖像画などを紹介。宮部自治会が所蔵する「宮部継潤像」は初出陳となる。同像は、鳥取城攻めや九州平定戦で武功を挙げ、奉行としても豊臣政権を支えた継潤を描く。

 秀吉、秀長兄弟そのものに迫る史料も展示する。1577年、秀吉が家臣に安土城天守普請の手伝い人数を割り当てた「天主手伝衆自筆人数書」には、長浜城主時代の秀吉家臣の名前が記されている。

 後期には、秀長の義父にあたる神戸秀好が、秀長に仕えた上坂意信へ送った書状を初出陳する。近年の研究で秀長の義父による書状と明らかになった資料という。また、病床にあった秀長が秀吉との間で鶴を贈り合ったことを伝える「豊臣秀長判物」も通期で展示。秀吉が秀長の居城・郡山城を見舞った3日後に出された文書で、秀長晩年の兄弟のやり取りを伝えている。

 展示は「長浜城主時代の秀吉、秀長と家臣たち」「天下人への道—賤ヶ岳合戦と小牧・長久手合戦」「天下静謐へ」「豊臣政権と文禄・慶長の役」「秀吉・秀長家臣たちのその後—関ケ原合戦と大坂の陣」の5章構成。

 会期は前期が8月23日まで、後期が25日から9月27日まで。月曜休館(祝日は開館し翌平日休館、8月10日は開館)。入館料は大人1000円、小中学生200円。

 関連事業として、8月9日に「秀吉に仕えた近江衆」、9月5日に「秀長に仕えた近江衆」をテーマにギャラリートークを開く。いずれも午後1時半から。

 

 

 

掲載日: 2026年07月28日