戦国武将・岩脇市介の位牌 里帰り

末えいの嫁ぎ先の成宮家で長く保管

 戦国時代に旧坂田郡岩脇村(現・米原市岩脇)を拠点にしていた武将・岩脇市介(いわわきいちすけ)の位牌が、彦根市日夏町の成宮家から米原市岩脇の岩脇家に返還された。末えいのもとへ戻された位牌は岩脇俊雄さん(86)が自宅の仏壇で安置し、毎朝手を合わせて先祖を偲んでいる。

 岩脇氏は旧坂田郡岩脇村を本拠とした一族。江戸時代初期の正保3年(1646年)に書かれた「妙意もの(物)語」などによると、浅井長政の家臣だった市介は元亀3年(1572年)1月、織田信長方へ寝返った堀秀村が守る鎌刃城を攻めた際に討ち死にし、同月18日には長政から感状(表彰状)が贈られたと伝わる。享年は数えで47歳だったという。

 市介の位牌は高さ45・8㌢、幅20・6㌢で、全体に漆塗りがほどこされ、表の台座には金箔があしらわれている。表面には「元亀三年閏正月十五日」など没年と戒名の文字が確認でき、裏面には「藤原朝臣岩脇市佐國平 行年四十七討死」と書かれている。「市佐」は市介の別の呼び方で、「國平」は市介の実名だとされる。

 位牌が彦根の成宮家に伝わったのは、岩脇家の末えいのカツエさん(故人)が昭和10年頃に成宮家へ嫁いだ際、持参したことがきっかけ。それ以来、成宮家で大切に保管されてきたが、カツエさんの次男の成宮祐二さん(86)と妻の恵津子さん(81)が「しかるべき所に安置してもらおう」と考え、返還を決意。先月1日、岩脇家を訪れて俊雄さんに位牌を手渡した。

 俊雄さんは位牌を仏壇内に安置し、毎朝仏飯を供えながら手を合わせている。先月31日には成宮夫妻が再び岩脇家を訪れ、俊雄さんとともに位牌に手を合わせた。祐二さんは「母も喜んでいるでしょう」と穏やかな表情を見せ、俊雄さんも「先祖の位牌が手元に返ってきたのは奇遇としか言いようがない。これもご先祖さまのお導きなのだと思う」と感慨深げに語った。

 俊雄さんは「いをぎ町づくり委員会区史編さん会」のメンバーで、今月中に発刊予定の岩脇地区の歴史をまとめた区史に、市介の位牌の写真や由来などを載せるという。

掲載日: 2026年08月18日