出雲やすを展、さざなみタウンで
日露戦争(1904〜05年)に従軍看護師として活動した鍛冶屋町出身の出雲やすをさん(1886〜1970年)の生涯を紹介する「日露戦争従軍看護婦『出雲やすを』展」が4月29日から、さざなみタウンで始まった。出雲やすを顕彰会の主催。看護の道を志した若き日の決断から戦地での献身、戦後の歩みまでを、写真や資料約30点でたどる。会期は5月17日まで。入場無料。
やすをさんは明治19(1886)年、9人きょうだいの8番目として生まれた。16歳で親に勧められた結婚を断り、看護師を志す。長浜キリスト教会の薦めで京都市上京区の同志社病院内にあった京都看病婦学校に入学し、在学中には滋賀県の産婆試験に合格。受験者90人中16人という狭き門を突破した。
明治37(1904)年、18歳で同校を臨時卒業し、日露戦争への従軍を志願。召集を受け、東京・渋谷の陸軍予備病院で傷病兵の看護にあたった。
日露戦争後は満州奉天赤十字病院で勤務し、満州国防婦人会の役職も歴任。戦後は夫の実家がある岡山市へ引き揚げ、晩年は岡山と長浜を往復しながら生活した。
展示では、当時の「京都看病婦学校卒業証書」や「産婆試験学説合格証明書」、女性としては珍しかった従軍記章、下賜金50円の賜り金証書などの貴重資料を公開する。また、出征直前に父と撮影した白衣姿の写真や、従軍記章を胸に付けた看護婦制服姿の写真も並べる。加えて、明治中期から昭和、現代に至るナース服のレプリカも展示し、看護服の変遷を視覚的に伝える。
会期中の5月10日には看護週間に合わせ、午後1時半から伝統的な戴帽式を再現するほか、鍛冶屋町のシャルノフスケ夫妻による讃美歌コンサートも予定。看護の精神や助け合いの心に触れる機会として来場を呼びかけている。
孫の出雲一郎さん(71)は「祖母の足跡を通じて、看護の心、ケアの心の大切さを感じてほしい」と話している。






