彦根牛文化、現代に再び

旧処分場跡地で肥育牧場公募

 彦根愛知犬上広域行政組合は20日、彦根市中山町の旧一般廃棄物最終処分場「中山投棄場」の跡地について、「肉用牛の肥育牧場」として活用する事業者を公募型プロポーザル方式で募集すると発表した。江戸時代に全国へ広がった「彦根牛」の歴史文化を持つ地域で、肉用牛生産による地域振興を目指す新たな動きとして注目を集めそうだ。

 対象となるのは、中山町の旧最終処分場跡地。敷地面積は約4万7000平方㍍、埋立面積は約2万6000平方㍍。管理棟など既存施設も残る。組合は「地域畜産業の振興」「安定的な肉用牛生産体制の構築」「遊休資産の有効活用」「地域経済活性化および雇用創出」を目的に掲げ、民間事業者による牧場運営を想定している。

 中山投棄場は1998年9月に供用開始。彦根市、豊郷町、甲良町、多賀町の1市3町から排出される不燃ごみを受け入れてきた。2016年3月に埋立処理を終了し、その後は中継基地として活用。2021年3月に閉鎖した。2024年11月には県から最終処分場の廃止基準適合確認を受け、2025年3月に維持管理を終了した。

 跡地利用を巡っては、組合が2026年3月に「中山投棄場跡地利用計画書」を策定。先進事例調査や民間事業者への意向調査、サウンディング型市場調査、地元協議を経て、「表層のみを利用すること」「公民連携で行うこと」などを条件に、牧場事業を有力候補として整理した。

 今回の公募では、牧場の中でも「肉用牛の肥育牧場」を明示。参加資格として、「3年以上の牧場経営実績」「常時50頭以上の飼養実績」などを求めている。

 また、最終処分場跡地という特殊性から、厳格な環境対策も条件化した。糞尿処理や臭気・騒音対策、公共水域への排水防止、防疫体制、災害時の緊急対応計画などを求め、搬入出車両についても「登下校時間帯を避ける」「早朝・深夜搬入を原則行わない」などの対策を示している。

 組合は、地域雇用創出のほか、循環型畜産や耕作放棄地活用の可能性についても提案を求めている。

 組合は6月19日まで参加表明を受け付け、7月中旬にプレゼンテーション審査を実施。8月上旬に事業候補者を選定する予定。

 彦根と牛肉文化の関わりは古い。県によると、1687年の元禄年間には、彦根藩で牛肉の味噌漬け「反本丸(へんぽんがん)」が考案されたとされる。江戸時代、牛肉は薬用として扱われており、反本丸は、明の薬学書「本草綱目」を参考に作られたと伝わる。

 「本草綱目」に「黄牛の肉は佳良にして甘味無毒、中を安んじ気を益し、脾胃を養い腰脚を補益す」と記されていることから、反本丸は補養薬として作られたものと考えられる。

 また、彦根藩では牛肉を乾燥させた「寒(かん)の干牛肉」も作られていた。塩分を抑えるため、1年で最も寒い1月上旬から節分までの期間に製造し、薬用として食されていたという。

 1771年の安永年間には彦根牛肉を諸侯に振る舞った記録があり、1781年の天明年間には、牛肉の味噌漬けを将軍・徳川家斉に献上したとされる。さらに1788年には乾燥牛肉を家斉に献上した記録も残る。

 幕末期には、彦根産牛肉は県外にも広がった。県によると、1863年ごろに来日した写真家フェリックス・ペアトが撮影した厚木宿の写真には、「牛肉漬」「薬種」と書かれた看板が写っており、東海道から離れた厚木でも江州彦根産の牛肉が薬用として販売されていたことが確認できるという。

 水戸藩主・徳川斉昭が彦根藩主井伊直亮から贈られた牛肉について、「薬用にも用いており忝ない」と礼状を送った記録も残されている。

 ごみ処分場として地域インフラを担ってきた土地が、今度は地域畜産の新たな拠点となるのか。彦根の歴史文化とも重なる挑戦として、その行方が注目される。

掲載日: 2026年05月21日