松平さん考案の茶箱使い、埋木舎で
井伊直弼の次女・弥千代(1846年~1927年)のひ孫にあたる松平洋史子さん(76)が17日、直弼が青年期に過ごし、弥千代が生まれた場所だとされる埋木舎(彦根市尾末町)を訪問。松平さんが考案した茶道用の茶箱「松平法式 I for you 宙(そら)」を使ったお点前を披露した。
弥千代は安政5年(1858年)4月21日に高松藩松平家の世子・松平頼聡(よりとし)に嫁いだ。しかし、安政7年の桜田門外の変で父の直弼が亡くなった後は反直弼派が彦根藩に厳しい処分を科し、その難が松平家にも及ぶのを恐れた弥千代は翌年、頼聡と離縁。幕末と明治維新を経て、明治5年(1872年)に再び頼聡に嫁いだ。茶人としても知られる直弼の影響を受け、弥千代も幼少の頃から茶の湯に親しんだ。
松平さんは松平家に代々伝わる生き方の教本「松平法式」を受け継ぎ、大日本茶道協会の三代目会長や広山流華道教授などを務めている。海外でも茶道ができるよう、茶道具の一式を入れた漆器の茶箱「松平法式 I for you 宙」を活用した茶道を考案。国内のほか、米国やフランス、台湾、香港などに広めている。
松平さんは、友人で脚本家の田渕久美子さんがドラマの構想のため彦根を訪れるのに合わせて埋木舎を訪問。井伊直岳さんや埋木舎副当主の大久保忠治さんがガイドを務める中、庭園や弥千代が生まれたとされるお産の間などを見学した。その後、音楽が響く中で、居間に設けられた「松平法式 I for you 宙」を使って松平さんが井伊さんや大久保さん、田渕さんにお点前を披露した。
松平さんは、茶せんを仁、なつめを義、扇子を礼、茶杓を智、茶碗を信に例える「五常」や、茶碗を見る視覚、音楽を聞く聴覚、茶碗を持つ触覚、茶の香りをかぐ嗅覚、茶を飲む味覚の「五感」などを教えながら「おもてなしの心を伝えることができた」と述べた。お点前後、松平さんは「先祖の弥千代さんも喜んでくれたはず」と感慨深げだった。


(滋賀彦根新聞)





