ノルウェー男性、国友の宗永堂で修業
割れた器の傷を隠さず、漆と金でつなぎ、新たな美しさへと生まれ変わらせる日本の伝統技法「金継ぎ」。その考え方に自身の人生を重ねるノルウェー人男性が今月、長浜市国友町の宗永堂を訪れ、塗師の杉中伸安さん(62)から本格的な技法を学んだ。金継ぎを通じて「傷は隠すものではなく、人生の一部として誇りに変えることができる」と感じた男性は、帰国後、若者らにその経験を伝えたいとしている。
宗永堂を訪れたのはキム・ダニエル・ジョナサンさん(34)。現地で、人前に立って自身の経験や生き方について語る「パブリックスピーカー」として活動している。
ダニエルさんは幼少期の複雑な家庭環境や学校でのいじめなどから、長く精神的な苦しさを抱えたという。自分自身と向き合い、立ち直っていく過程を経て、現在はその経験を人に伝える活動を続けている。
そんな中で知ったのが金継ぎだった。壊れた器を元通りに見せるのではなく、修復した跡を金などで際立たせ、傷そのものを新たな価値に変える技法に、自身が歩んできた人生を重ねた。
「初めて金継ぎを知った時、パズルが正しい場所にはまったように感じた」とダニエルさん。自身の講演でも金継ぎを例に挙げ、「人生も壊れた部分を修復しながら、もう一度つくり直すことができる」と伝えているという。
本場の技術を学ぼうと日本で修業先を探し、宗永堂と出会った。7月9日から16日まで杉中さんの指導を受けた。
研修では、天然の漆を使った伝統的な工程を学んだ。ダニエルさんは「正しい金継ぎを学びたいと思っていた。一週間の経験は想像以上に素晴らしく、本物の金継ぎの師匠から得た知識や経験は、自分の人生にとって大きな価値がある」と振り返る。
特に心に残ったのが、完成まで長い時間を必要とする金継ぎの工程だった。
情報をすぐに得られるスマートフォンやSNSが生活に浸透する中、ダニエルさんは「今は何か疑問があれば、すぐに携帯電話で答えを知ることができる。その分、自分自身で考える時間が失われている」と指摘する。
ノルウェーでも若者が長時間スマートフォンを使い、孤独や心の問題を抱えるケースがあるという。急速なデジタル化の中で、自分の感情や自分自身と向き合う時間が少なくなっていると感じている。
その点、金継ぎは完成を急ぐことができない。漆を塗り、乾燥させ、何度も作業を重ねる。「非常に時間がかかる。その過程にこそ価値がある。壊れる前のものより、修復したことで、より美しく価値のあるものになる。それは人の心にもつながる」と話す。
SNSなどでは、華やかで欠点のない暮らしが目につき、「完璧」であることを求めやすい。しかしダニエルさんは、「完璧さとは何かを、自分自身に問い直さなければならない」とする。
「不完全な部分も自分の価値として受け入れなければならない。完璧さばかりを求めると、本当は心の中で泣いていても、お互いに本音を見せられなくなる。傷を修復して、それを隠さずに見せる。それが誇りになるという金継ぎの考え方を、ノルウェーの若者にも伝えたい」と語った。
一方、杉中さんは「初日はどんな人が来るのか不安もあったが、話をすると強い思いを持っていることが分かった」と振り返る。幼い頃からものづくりが好きだったというダニエルさんの筆や指先の動きを見て、「器用だとすぐに分かった」という。
作業にも熱心に向き合い、事前に質問を考えて研修に臨んだ。「金継ぎだけでなく、彼が取り組んでいるメンタルヘルスの活動や考え方を聞けたことも、自分にとって勉強になった。息子と同じ世代だが、人のために自分を生かしたいという、しっかりした考えを持っている」と杉中さんは話す。
宗永堂では新型コロナ禍後、海外から訪れた人向けに2時間ほどの金継ぎ体験を始めた。参加者がSNSで紹介したことなどから海外からの問い合わせが増え、現在は今回のような、より深く技術を学ぶ研修へと発展している。
杉中さんは「海外からわざわざ日本まで習いに来るのは、すごい力だと思う。その思いには一人一人、丁寧に応えたい」と話す。研修中には一緒に食事をするなど、技術だけでなく人と人との交流も大切にしている。
「京都や東京だけでなく、長浜まで来てもらえるようになればうれしい。漆や日本の伝統技術が海外に広がり、その人たちがまた長浜を訪れてくれれば、地域にもプラスになると思う」と杉中さん。
研修最終日の16日には、ダニエルさんに修了証書が手渡された。ダニエルさんは杉中さんや、滞在と通訳を支えた東山亜沙美さんへの感謝を口にし、「この旅で得た経験が、ノルウェーの人たちに何かを感じてもらうきっかけになれば」と話した。
※滋賀夕刊のインスタグラム(https://www.instagram.com/p/DbZsSpqBHPw/)で動画を紹介






